ふくさん  -- 週末のお楽しみ☆ --

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ちょこっとバス 20:29
今日(9月28日)は、東近江の「おくのの運動公園」というところで、新しいソフトボールチームが結成され、初練習があるというのです。
北京オリンピックの金メダル獲得から、かつてインターハイ出場経験をもつ人が当時使っていたグローブの写真をブログに載せ、それを読んだ人たちでコメントが盛り上り、にわかに話が具体化したのです。
それは私がチェックを欠かさないブログなので、ことの成り行きをずっと追っていた私は、どんなひとたちが集まって、どんな雰囲気のチームができるのか、ぶっつけ本番のチーム結成の顛末を、この目で見たくて仕方がありません。
無理やり都合をつけようと思います。

事前に「おくのの運動公園」とはどこにあるのか地図で調べてみると、道の駅「あいとうマーガレットステーション」(地元の人は「マガステ」と呼んでいるようです)から東に2キロほどのところです。
「マーガレットステーション」にはバス路線を示す赤い線が伸びていますが、公園の付近にはありません。
でも、2キロくらいなら30分もあれば歩けるでしょう。
雨ならば歩く気力も失せますが、その時は練習も中止のはず。

その「マーガレットステーション」を通るのは、八日市の駅前から出ている「ちょこっとバス」というものらしいのです。
これ、最近各地に増えている、民間の事業者が撤退するなどして公共交通機関がなくなった地域に、行政が経費を補填して運営しているコミュニティバスのようです。
ソフトボールチーム自体も気になりますが、このバスに乗ってみたくもなりました。



午前中にあった、組合の総会は、私の予想より少し長引きましたが、急げば12時ちょうどに大阪駅を出る新快速に乗れそうです。
途中の交差点の信号が変わるのもまどろっこしく駆け込んだ、さくら夙川駅。
次の京都方面の電車は11時33分発。
よかった。
これなら尼崎で予定の新快速を待ち構えて乗れるので、大阪で座れる可能性が高まります。

大阪駅では読み通り座ることができ、ほっと一息。
隣のホームでは、この電車の後を追って出発する札幌行き寝台特急「トワイライトエキスプレス」が今日も多くのマニアの放つストロボ光を浴びています。

近江八幡までは約1時間、しばしの小旅行気分です。
これからの行程は、近江八幡着が1時3分
八日市行きの近江鉄道が絶妙の接続で1時9分の発車。
八日市到着が1時27分で1時45分に出発する「ちょこっとバス」に乗り継ぎます。
綿密に調べあげたスケジュールは、何から何までおあつらえむき。
最後にはちょっとしたウォーキングを楽しみながら、2時半くらいには目的地に着きそうです。

車窓をながめながら、うつらうつらしかかっていると車内アナウンス。
「千里丘、茨木間の踏切におきまして、遮断機が折れているとの情報があり、ただいま先行列車が確認作業を行っております」
と、電車はみる間にスピードダウンし、やがて完全に停車。

あまりにも接続がよいスケジュールというのは、こんな時に困りものです。
近江八幡の駅の造りは、5分遅延すれば乗り継ぎは致命的です。
結局、高槻の到着は遅れ8分。
その後も回復できずに草津へ…

「この電車遅れておりますが、本日、草津では柘植(つげ)行きと接続をとります。
お乗り換えのお客様はできるだけお急ぎいただきますようお願いいたします」
さすがJR同士の草津線との乗り継ぎは、発車を待ってくれています。

別会社ながら、近江鉄道も待ってくれていないか、と淡い期待をいだきつつ近江八幡のホームに降りました。
しかし、やはり乗るはずだった電車はとっくに発車しています。
私同様乗り遅れた人たちで改札口前のベンチは、いつになくにぎやかです。
つい先日も、ここで乗り遅れました。
最近、この駅ではツキに見放されているようです。

次の電車は30分後。
それに乗っても乗らなくても、八日市からのちょこっとバスは約1時間後です。
でも、乗り遅れることは、悪いことばかりではありません。
あまりの接続の良さに、どこでお昼にしようか困っていたのですが、この待ち時間に駅前のショッピングセンターで済ませることができました。

ここで修正スケジュールを検討してみます。
1時間後のちょこっとバスに乗った場合でも、3時半くらいには目的地に着けると思います。
気になるのは、何かの都合であちらのイベントが早じまいしてしまったら元も子もありません。
練習の様子をちょっと見れればよいだけなので、参加している人に気を使わせるのはいかがなものか、とも思いましたが、今、そちらに向かおうとしている人間がいることだけは知らせておこうと、連絡を入れました。

八日市に着くと駅前に永源寺行き、というバスが止まっています。
乗ろうとしていたちょこっとバスではありませんが、方向としては、見当ちがいではありません。
この際、ちょこっとバスはあきらめても先を急ぐべきかもしれません。

制服を着た人が、能登川方面に行きたいという女性に、親切に案内をしていたので、終わるのを待って私も
「ここに行きたいんですけど、このバスの御薗っていう停留所からは近いですか?」
と地図を見せて尋ねると
「歩いてですか!?
それはちょっと無理ですわ。」
地図で見ると御薗のバス停から運動公園は歩けなくはなさそうですが、実際は愛知川をはさんでかなり歩きごたえがあるようです。

「あいとうマーガレットステーションからなら歩けますよね。
でも次は36分まで無いんですね」
と尋ねると
「ちょっと待ってください」
と言って、向かいで待機している小さなバス(これがちょこっとバスでした)の運転手さんのところに行って、しばらくなにやら話していました。

元々が粗いバス路線網の真ん中の空白地帯に、タクシー代をケチってバスで行くと言い張る難儀な乗客の要求に、誠意をこめて答えようとふたりで知恵を絞ってくれているようです。
概して、地方のバスや電車にたずさわる職員の方々は親切です。

戻ってくると
「あいとうマーガレットステーションに行くバスは30分にもあるんですが、遠回りをするので36分のほうが早く着きます。
このバスはそのあと、おくのの運動公園に近いバス停も通るのですが、遠回りをして行くので、着くまでには相当時間がかかります」
結局、36分まで待って、マーガレットステーションから歩くのがベストのようです。

発車まで時間があるので駅前を散策します。
何度か来たことはあるのですが、最近、この辺りにABC食堂というお店があることを知りました。
メニューにはグラタンのことをコキールと書いてあるのだそうです。
そのお店を探してみましたが見つかりませんでした。
あとで聞いたら、表通りに面してはいなくて、一本商店街に入ったところにあるのだそうです。
それにしても、コキールって、なんとなくノスタルジックな響きです。

辺りを一回りして帰って来るとちょうどよい時間です。
30分、36分と立て続けに出発するちょこっとバスの、後の便に乗ります。
前の便の運転手さんは、さっき親切に時刻を調べてくれた人でした。

料金は200円、珍しく先払いです。
一般に、こうしたコミュニティバスの運賃は、同じ地域に昔から走る路線バスに比べて著しく安いです。
先ほど停まっていた永源寺行きの路線バスに乗っていたら、同じ距離でも何倍もの運賃を払っていたはずです。
行政の補填の仕方があまりに不公平だと思うのですが、特に地元の人から不満が出ているという話を聞きません。
不満も出ないほど、バスが住民に利用されていない、ということでしょうか?
利用の多いお年寄りはどちらのバスも無料で乗れるのでしょうし…

私の後から小学校低学年の女の子が2人
「このバス○○に行くよね」
と話ながら乗り込んできました。
「お帰り!
行くよ」
と笑いながら運転手さん。
どうやら、駅前まで遊びに出てきた2人を行きに乗せたのもこの運転手さんだったようです。

乗客は私と女の子ふたりの3人です。
バスが走り出すと、一番後ろに座った女の子たちの席から、なにやら数字を数える声が聞こえてきます。

「あんた、オモローやりすぎや」
って、女の子たちが笑い転げて遊んでいるのは、ボタンを押すと数字を叫び、それが3の倍数だとバカの声、イコールは「オモロー」と言う「ナベアツ電卓」ですね。
彼女たちは、ちょこっとバスに乗って、八日市の駅前にこれを買いに来たのでしょう。
買えてよかったですね。
私も先日、たまたま吉本グッズを売る店を通りかかった時探してみたのですが、ありませんでした。

アピア前、市役所とすぎるうちに少しずつお客さんも増えて来ましたが、その人たちも愛知川を渡ってしばらく行くうちにみんな降りてしまいました。
名神高速道路の上をオーバークロスして切通を過ぎると景色が開けてマーガレットステーション到着です。

「あれですわ」
遠くに見えるグランドのネットを指差して、運転手さんが教えてくれました。

ここから歩くつもりだったのですが、連絡をしたおかげで、花の女子応援団が3人も抜けだして、車で迎えに来てくれていました。
酔狂でやって来た私のために、お手数をかけて申し訳ないことをしてしまいました。
さて、どんなチームが出来上がっているのでしょうか…
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六甲山のある風景 21:10
最近、神戸に通勤することになったわけですが、神戸は中学生から結婚するまで、十数年住んでいたし、今でも実家があるので親しみ深い街です。
でも、考えてみると三宮までは比較的よく行くものの、それより西にはあまり行くことがありませんでした。

そんな神戸の街をちかごろは朝晩車窓からながめることになって、ふと気がついたことがあります。
市章山、碇山がほとんど見えないのです。
市章山には神戸市のマーク、碇山には碇の形、2つ並んで元町駅のあたりでずっと見えていたはずです。
明るい時は山の緑、暗くなるとソーラー発電によるイルミネーションに輝く様は、まさに神戸のシンボル、という思いで眺めていました。
ついこのあいだのことのように記憶しているこの光景は、実はずいぶん昔のことなのかもしれません。
気づかないうちに、神戸の山手にもたくさんの高層ビルが建ち並んでしまったようです。

そんなことを感じていた矢先のある朝、新聞でこんな記事を見つけました。

海から見た六甲山守れ
神戸市の海側から見た六甲山の眺望を守ろうと、市は16日、神戸市街地で新築される高層建物が山の稜線を遮らないよう建築主に求める行政指導を始める方針を明らかにした。
条例に基づく基準を策定し、来年6月をめどにスタートする。

ポートアイランド西端の「ポーアイしおさい公園」が眺望の適地と判断。
公園北側から山側を眺め、灘区、中央区、兵庫区にまだがる東西約6キロの六甲山の景観を保護することにした。
稜線のうち東西の低い部分を結んだ「基準線」を設定。
それより高い建物の建築計画が市に届けられた段階で、基準線より低くするよう建築主に指導する。
建築済みのビルは対象外。
罰則は設けない。

京都市では五山の送り火の眺めを守るため、基準地点から見て大文字を遮る建築物に制限をかけている。
鹿児島、東京都神奈川県横須賀市にも似た規制がある。
(朝日新聞阪神版より抜粋)

行政も、街から六甲山が見えにくくなっていることに憂慮しているようです。

市章山の麓近くにあるビーナスブリッジから見下ろす、街と港の風景も私が覚えている十年以上前のものとはずいぶん違ってしまっているかもしれません。

神戸に住むようになった当座、驚いたことがありました。
この街で暮らす人はみんな山好き、というより生活の中に山が溶け込んでいるのです。
それは、例えば「六甲全山縦走大会」に毎年何千人もの参加者があることにも現れています。
どこかに遊びに行くにも、すぐに「布引の滝」とか「脩法が原」が候補にあがります。

街の発展のためにはビル建設も必要だと思います。
観光資源や住民の生活のゆとりとして、景観も守りたいものです。
どちらも少しずつ譲り合って、ちょうどよい折り合いで、いつまでもきれいで活力ある街でいてくれればよいのですが…
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海苔の佃煮 20:52
9月15日の今日は三連休の最終日。
「なぎさ海道ウォーク」の第3回目です。
おととい、きのうと、朝方は雨、その後は急速に回復、という空模様でした。
今朝はどんより曇っていますが、雨は降ってはいません。
でも予報ではこれからが下り坂のようです。

今回は、大阪府から和歌山県へ海岸に沿って歩きます。
新今宮でGちゃんと落ち合い、久しぶりの南海電車でみさき公園駅下車。
最近少なくなった私鉄経営の遊園地。
その入口にある象のモニュメントに見送られて歩き出します。

今日のコースは全コースの中で1番長い16キロ。
しかも、アップダウンもあるようです。

なだらかに広がる大阪平野の南端で、屏風のように立ちはだかる和泉山脈。
その先端はそのまま紀淡海峡に落ち込み、おそらく海中にも山脈は続いていて、その高い部分が海上に頭を出しているのが友ヶ島なのだと思います。

そんな、山越えのなぎさ海道を歩きはじめると左手からは徐々に山が、右手には海が迫ります。
山と海とに攻められて、いよいよ猫の額のようになった平野に、魚介類を食べさせるお店が点在する、少し寂れかけた街並みが現れました。
深日(ふけ)。
ここは、明石海峡大橋が開通するまでは、徳島に渡るフェリー乗り場があり、四国への玄関口でした。
南海多奈川線の単線の線路を、ローカル情緒漂う「深日港」の駅前で渡ります。
駅の目の前が港で、乗り換えは便利だったことでしょう。

「ホームが長いでしょう。
徳島航路があったころには、本線から急行電車が乗り入れて来ていたんです」
と、Gちゃん。
長いホームのうち、改札口に近い部分だけが使われていて、そのさきは柵で立ち入り出来ないようにしてあります。
柵の向こうの荒れたホームが、かつての賑わいを偲ばせます。

深日を後にするといよいよ平野は尽きて、道はダラダラと登り坂です。
ひとつ山を越えると、小島という漁港に出ました。
「許可なく魚釣り、サザエの捕獲などを禁止します」
と、いたるところに漁協の注意札が掲げられているところをみると、豊かな海なのでしょう。

漁港から続く堤防づたいに歩くと、岩場でウェットスーツに水中メガネをして海中を探ったり、道具を使って岩の表面をこそげ落としたりしている女性たちの姿があります。
今は見るからにのどかですが、これから作業のつらいシーズンになっていくことでしょう。

「どこか遠くの漁村に来たような眺めですけど、国際線の飛行機が頻繁に関空に降りて行くから、やっぱり泉州やて思いますね」
とGちゃん。
波打ち際をなぞりながら集落を抜け、和歌山との県境を示す標識を過ぎると、また登り坂です。

雨がぱらついてきました。山が迫り視界が狭くなります。
今度は、先ほどより険しいようです。
舗装もされていて、それほど急なわけでもありませんが、いつまでも登りが続きます。
雨がひどくなってきました。
いよいよ傘が必要だなと思い始めたころ、道は下りはじめました。
下りの方が急で、行く手はヘアピンカーブを繰り返します。

勾配が緩かになると、広々とした公園が見えてきました。
「加太国民休暇村」の庭です。
雨の中ですが、お弁当持参の人たちは、ここでランチタイムを楽しんでいます。

さらに下ると、また海辺に出ました。
入江の向こうに加太の集落が見えます。
海岸線をたどって集落に入ると民家に挟まれた狭い道を行きます。
このへんがウォークイベントの良いところです。
はじめての街を歩く時は、その路地がどこかに抜けられるものか、行き止まりか、簡単には判断できません。
だからどうしても車の通る道路を歩いてしまいがちです。
イベントではコースに沿って歩けばよいので、間違いなくゴールに近づきながら、地元の人しか知らないような道にも踏み込ませてくれます。
もちろん、街歩きには見知らぬ街でわざと迷子になるという楽しみ方もありますが…

細長い加太の街を縦断して、淡嶋神社に到着。
境内のゴール受付からスタンプを押してもらう列が鳥居の外までのびています。
その最後尾につくと横には、門前で壷焼きや新鮮な魚を食べさせる海産物屋さんが軒を並べています。
順番を待ちながら、店先に掲げられたメニューをあれこれ見比べます。
何はともあれ、手続きを終えたらこのどこかで、ずいぶん遅くなってしまったお昼を食べることが、ふたりの間では暗黙に決まりました。

結局、一番大きなお店に入ったのですが、注文した料理より先に
「これは試食です」
と言って、海苔の佃煮を出してくれました。
食べてみると、海苔そのものの風味が口の中に広がります。
「○○じまん」や「○○むらさき」のような、醤油の味が勝っているものとはまったくちがう味わいです。
さっき歩きながら見た、磯で黙々と岩をこそげていたおばさんの姿が思い出されました。

店内の貼り紙を見ると「当店特性 海苔の佃煮 300円」

買って帰ることにします。

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愛知川ぶらり旅 23:14
ヨメがテレビを見ていて、
「近江鉄道やってるで」
と教えてくれました。
みると、吉本のミポリンこと中山美保さんと局のアナウンサーが近江鉄道を旅しています。
愛知川で途中下車して、びんてまりをつくるおばあさんを訪ねます。

「ここ、行ってみたいな」
と言うので
「よし、行こう」
すぐに話しは決まりました。

愛知川近辺は、かつて滋賀に住んでいたころ聞いていたコミュニティFMで、あれこれ話題になることもあって、私も一度歩いてみたいと思っていたのです。
ヨメが、ご近所のHさん夫妻もお誘いしたので4人でぶらりローカル電車の旅です。

西宮を出発するときには、ずいぶんしっかりした雨足でしたが、それも近江八幡で乗り換える時にはすっかりあがり、青空が広がっています。
天気のほうは心配いらなくなったのですが、すんでのところで予定していた電車に乗り遅れてしまいました。
隣のJRのそれとはガラリと趣のちがうローカル情緒ただようホームで、濡れた傘をひろげて、30分ほど次の電車を待ちます。
これも、のんびり旅の醍醐味、しかも万事塞翁が馬です。
この乗り遅れがあとで今日の旅の中身を膨らませてくれることになろうとは…

傘の雫が乾きかけたころ、やって来た電車は八日市行き。
二両連結のワンマンカーは、まだ建って日の浅いテラスハウスやマンションの間をすり抜けて、もう刈り入れがはじまった田園地帯に出て、レールの継ぎ目の音を響かせながらゆらゆらと走ります。
次の停車駅は「武佐」
今から訪れる中山道愛知川宿の、ひとつ京都寄りの宿場町です。
左手に八風街道(国道421号線)が近付いてくると、太郎坊宮を過ぎて八日市。
ここ八日市でも電車の接続が悪く、愛知川方面に行く彦根行きの電車は向かいのホームに停車しているものの、発車までは20分もあります。

南米系の若い女性2人と男性1人の3人連れが乗り込んできました。
見渡すと、辛抱強く車内で発車を待つ乗客は、私たち4人を除くと11人。
そのうち、みるからにラテン系と思われる人が5人。
およそ半分です。

工業団地が多いこのあたりは、海外から多くの労働者を受け入れていますが、この人たちがたまの休みのお出かけに利用するのは、自転車か、公共交通機関になるのですね。
だから近江鉄道にすれば、彼らは大切なお客様なはずです。

やっとのことで発車した電車はすぐに八日市の街並みを抜け、またも田園風景が広がります。
なぜか、今の時期には付き物の彼岸花をこの沿線では見かけません。

やがて、新幹線の高架橋を一旦くぐって広い河原をもつ愛知川を鉄橋で渡るともう一度新幹線の線路に寄り添って「五個荘」に着きます。
私たちは次の「愛知川」で下車しますが、ここから先、高宮の手前まで近江鉄道の線路は新幹線との並走が続きます。
「新幹線を建設する際、
「うちの車窓から鈴鹿山系の景観が眺められなくなる」
と、近江鉄道が国鉄に損害賠償を請求した区間です」
とテツの豆知識を披露する私。

愛知川の駅に着いた時は、もうお昼前でした。
駅のコミュニティセンターで展示されているびんてまりを見ながら、これから行く資料館の話をしていると
「びんてまりの館に行かれるのですか?」
と、カウンターの女性が声をかけてくれ、地図を示して道順を丁寧に教えてくれました。
ついでに地元の情報をあれこれ仕入れさせていただいて、歩き始めます。

お昼になってしまったので、まずは食事です。
かつてコミュニティFMで話題になっていた、中宿の交差点にあるという、「讃岐や」といううどんやさん。
先ほどのコミュニティセンターの人に、場所を教えてもらいました。
「おすすめですか?」
と聞いたのですが、このようなところに勤務されている方は職業柄
「このお店は美味しいです」
とか
「いいお店です」
とかは、言ってくれません。
相手の雰囲気からこちらが感じとるしかありません。

結果は、
「久しぶりに美味しいうどん、食べたわ」
とHさんの奥さんが言ってくれたので、ひと安心。

お昼がすんで、まず向かったのは酒蔵「藤居本家」です。
コミュニティFMでスタジオに招かれ、インタビューを受けていたソプラノ歌手の方が、この「藤居本家」の「欅の大広間」でライブするとおっしゃっていました。

そんな地域に根差した文化活動のバックアップをしている造り酒屋さん。
気になって、ネットで検索してみると、予約をすれば酒蔵の見学をさせていただける、とのこと。
あらかじめ電話しておきました。
その時間が午後1時。
電車の乗り継ぎでもたついてしまったので、お目当ての「びんてまりの館」は後回しにして、まずこちらに行くことに予定変更します。

お店につくと、あたたかく迎えてくださいました。
案内人の方(ひょっとしたら蔵主さん?)に
「どちらからですか?」と聞かれたので
「西宮です」
と答えると
「本場じゃないですか!
それなら、酒造りはよくご存知でしょう」
と言われてしまいました。
いえいえそんなことはありません。
さすがに地場産業なので、一般の人より知識を聞きかじる機会が多少多いとは思いますが、だからこそ逆に、いまだにほとんど機械に頼らずにお酒を造り続けているこんな酒蔵にはなおさら興味があります。

天保2年に創業したという「藤居本家」さん。
元々、造り酒屋というのは各地域にそれぞれあって、その土地で飲まれるだけの量を、神事のあるごとに神に奉納し、そのお下がりを人々が戴いていたものなのだそうです。
その後、愛知川などの宿場町には、旅籠屋さんに泊まるお客様に出すため宿場ごとに造り酒屋ができたようです。

そんな中で、西宮を含む灘五郷というのは、江戸での大量の酒需要を満たす集積場所として発展してきた、酒の生産地としては特異な地域なのだそうです。
京都の伏見などは、さらに時代が下がり、鉄道が敷設されたことにより、その地の利から急速に発展したところだそうです。
伏見は古くから有名な酒処と思っていただけに、これは意外でした。

今日は朝方の雨が上がってから、天気は急速に回復し、それに伴って日差しもきつくなり、夏に舞い戻ったかの暑さです。
しかし、案内していただいた酒蔵に一歩足を踏み入れると、薄暗い内部は冷気に満たされています。

このおごそかな空間は、かつてNHKの朝の連続ドラマ「甘辛しゃん」の酒蔵シーンのロケに使われたそうです。
「ドラマの舞台となった灘とは酒蔵の造りも違うので、一度はお断りしたのですが…」
とのこと。

酒米を蒸す大きな釜が据えられています。
酒造りの時期には活気に溢れているであろうこの空間、今はどことなく侵しがたいおごそかな威厳を感じます。

かつては、酒を生成する工程のほとんどが、杜氏さんの勘に頼る部分だったのですが、少しずつ科学的な解明がなされてきて、酒の品質に関するリスクが少なくなってきたのだそうです。
かつて、蔵主は杜氏さんに全権を任せ、杜氏さんは信頼と責任を負って仕込みを行ったのだそうですが、万一麹以外の、酒造りに有害な菌の繁殖を許し、腐らせてしまった場合、自らの命を断つこともまれではなかったそうです。
蔵主さんは、掛け金でお米を仕入れ、年を越してお酒という商品にして、それを売って返済するわけですから、文字通り命をかけた商いだったというのです。
今のように誰でも白いお米がたべられるわけではなかった時代です。
金勘定だけでなく、大切なお米を預かって、それを無駄にしてしまったことに対する謝罪というか、飽食になれた私たちには想像しがたい価値判断もあったのでしょう。
そんな先人たちの歴史の上に造られ続けてきた日本酒。

これは以前、灘の酒蔵で聞いた話ですが、現在では解明されている化学反応をなぞっていけば、機械を駆使して、純粋に工業製品として日本酒を造ることはできるそうです。
現実に今売られている安価なパック酒には、ほぼそんな形で生成されたものもあるようです。
ただ酔いたいだけならそんなお酒を選択するのもよいでしょう。
でもお酒を嗜好品としてとらえるなら…
お酒に何を求めるのか、考えさせてもくれた酒蔵見学でした。

案内が終わって、最後にこんなふうにおっしゃいました。
「お酒で身体をこわした、とか、羽目をはずして怪我をしたとかいう話を聞きます。
それは、お酒が悪いのではないのです。
飲み方が悪いのです」


興味がつきない「藤居本家」を後に、いよいよ「びんてまりの館」に向かいます。
コミュニティセンターでもらった地図をたどって、図書館と併設された館に着くと、作品が陳列されている展示室の奥の座敷に、たくさんの人が集まっています。
のぞいてみると、細長い座敷机を車座に並べて20人ほどの女性がびんてまりを製作しています。
さらに机の内側に入って、その作業を見守っている女性が5、6人。

作業をしておられる方は、年輩の方から就学前と思われる子供さんを連れられた方までさまざまです。
座敷の入口にいた、館の職員の方に聞くと、二週間に一度、土曜日に開かれていれる、「びんてまり保存会」の集会なのだそうです。
机の内側から作業を見守っている女性が先生だそうです。
「見せていただいてもいいですか?」
と言うと
「どうぞ」

これは、ラッキーです。
近江八幡で電車に乗り遅れず、午前中にここに来ていたら多分見ることは出来なかったと思います。

この職員さんにもいろいろなことを教えていただきました。
まず、作り方ですが、細いさらしをまりの形に丸めます。
その一端を少し引き出した状態で、その回りをミシン糸でぐるぐる巻きにしていきます。
巻いた糸に金糸で図柄の下絵を作って、刺繍を施していきます。
刺繍が完成したら、少しだけ出しておいたさらしの端が中に入るように筒を差し込み、さらしの端を引いてまりの中のさらしを全部抜き取ってしまいます。中身がなくなって皮だけになったまりを細くしてびんの口からいれます。
そして、びんの口から突き出している筒からまりの中に綿を詰め込み、まりが丸く戻ったら筒を抜き取って出来上がり。
筒が入っていた部分は、刺繍が編み込まれているので、うまくならしてしまえば穴は残りません。

Hさんの奥さんは、Hさんに嫁ぐ前、広島(岡山との県境)の実家でこれに近いものを見たというのです。
それを職員さんに尋ねてみると、
「岡山にもあるという話もよく聞きます。
そのルーツは東京の大妻技芸学校が作り方を教え、この教本は現存しているそうです。
そこでこの技術を習得した子女が、全国に嫁いだ先でそれを広め、各地に広まったものらしいのです。
元々は鎖国時代の長崎で作られたのではないか、と言われています。
出島の西洋人が飲み終えて海などに捨てた美しい洋酒のボトルを日本人が珍しがって拾ってきて、床の間の飾り物にしていたようです。
そして、さらにその中に美しく刺繍を施したてまりを入れることで、独自の芸術品をつくりあげたのではないかと言われています。
愛知川には、長崎に出入りしていた近江商人がそれを持ち帰ったのではないか、との説があります」

ともあれ、愛知川に伝わったびん細工の最後の継承者、青木ひろさんが昭和48年に亡くなった際、地元の惜しむ声で保存会が結成されたそうで、辛くもその技術が守られたことは喜ばしいことだと思いました。

のんびり気分で訪れた愛知川で、暖かい人たちに出会い、感動的なお話を聞くことができました。
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久しぶりにプロ野球観戦 20:38
イチロー選手が大リーグに移籍して以来、プロ野球を見に行く回数がめっきり減りました。
なんとなく、興味がわかなかったのです。

でも、久しぶりに今日は行ってみたくなりました。

「オリックスバファローズ」は、シーズン半ばに辞任したコリンズさんのあとを、大石監督が采配を篩っています。
そしてこのところ、それまでの低迷が嘘のような連戦連勝でついに現在(9月6日)2位につけています。

新庄選手が引退宣言をしたときの日本ハムファイターズのように、清原選手が引退を決意して、上向いていた調子にさらに拍車がかかったかにみえます。
これでは、球場に出向いて応援しないわけにはいきません。


10月1日の最終戦の前売り券がはやばやと完売している割には、京セラドームでの「オリックスVS西武」は私が予想していたほどの入りではありませんでした。
それでも1塁側は上層階までたくさんの観客で埋まっています。

ところが試合が始まってみると、これまでの快進撃はどこへやら…
惨憺たる結果です。
9回にカブレラ選手のソロホームランで一矢報いたものの、スコアは1対7、ほとんど見るべきところがありません。
私の場合、りきんで観戦に行った時の贔屓チームの成績が、どうもかんばしくありません。
誰かに
「お前が観に行くから負けるんや」
と、言われそうです。


でも、9回1アウトからこの日も出ました!!
清原選手。
ネクストバッターサークルに背番号5が見えると、
「いこ、いこっ!」
と、あちらこちらのお客さんが少しでも彼の勇姿を近くで見ようと、前の通路にゾロゾロ移動していきます。


もう20年も前になるでしょうか?
広岡監督率いるレオ軍団は、若き日の清原、秋山、工藤、渡辺などのスタープレイヤーを擁して人気、実力を兼ね備え、野球はセントラルリーグだけではないことを世間にアピールしていました。
休日のデーゲーム、今はなき西宮スタジアムに迎え撃つ我らが「阪急ブレーブス」は、「ファン応援デー」と銘うって、試合開始前のサイン会や、グッズプレゼントなども企画し、私たち後援会にも動員がかかりますが、球場に向かう道中から結果は明らか…
並んで歩く家族連れの子供たちの帽子やフラッグ、メガホンは青、青、青…
球場に着くと、バックスクリーンから右側にまでライオンズファンが溢れてきています。
試合が始まれば、観客の歓声だけでなく、内容でも圧倒されて、塁を賑わすのはブルーのユニフォームばかり…

そんなライオンズ全盛時代の立役者、清原和博選手が、今日はその西武ライオンズを敵に回して、打席に立っています。
彼、このあと何回打席に立つことがあるのでしょうか…

3球目を内野ゴロ。
ファーストベースに走りこむまでもなくアウト。
それでも割れんばかりの拍手を送るファンに見守られてベンチに戻っていきました。

またひとつ、時代が変わろうとしています。
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