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    <title>ふくさん</title>
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    <description>　　-- 週末のお楽しみ☆ --</description>
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    <title>真珠婚式</title>
    <description>ヨメが入院する事になりました。
「白内障が進んでいるねんて。
今すぐどうこういうことはないけど、歳とると、なんやかんや出てきて手術出来へんようになるかもしれへんから…」
徐々に進行してきているという老人性白内障、他にどこも悪いところのない今のうちに手術...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ヨメが入院する事になりました。<br />
「白内障が進んでいるねんて。<br />
今すぐどうこういうことはないけど、歳とると、なんやかんや出てきて手術出来へんようになるかもしれへんから…」<br />
徐々に進行してきているという老人性白内障、他にどこも悪いところのない今のうちに手術を受けてしまおう、と決心したようです。<br />
<br />
「いつ入院するん？」<br />
と聞くと、何の躊躇もなく<br />
「11月5日」<br />
との答え。<br />
<br />
女というのは記念日をよく覚えていて、男がこれを忘れていてもめ事になる、と世間ではよく聞きます。<br />
わが家はちがいました。<br />
11月5日は私たち夫婦の結婚記念日です。<br />
しかも今年で30周年です。<br />
このようすでは、まったく覚えていないと思われます。<br />
<br />
ヨメは、自分がいなくなっても家族が困らないように、あれこれ段取りをしてくれて、準備万端、その日の朝を迎えました。<br />
<br />
「1日中、することなくて、暇をもてあますかもしれんけどがんばりや！」<br />
と言い置いて、その朝いつものように出勤しました。<br />
<br />
その日は定時で仕事を終って、病院に行くつもりです。<br />
帰路、職場から駅に向かう途中のホームセンターで花瓶を買いました。<br />
あまり品揃えも多くなく、しかも値段も思ったより高いものでした。<br />
<br />
いつも乗り降りする駅。<br />
構内の隅に小さいけれどおしゃれな花屋さんがあるのはチェック済みです。<br />
「お見舞いなんですけど、結婚記念日も兼ねているので、少し派手めに…」<br />
とお願いしました。<br />
かすみ草も添えてもらいました。<br />
花束にはかすみ草は外せない、と思っているのは、私だけでしょうか？<br />
<br />
親切な花屋さんで、予算がしみったれている割には注文の多い客の花に、小粋なリボンもかけてくれました。<br />
<br />
病室に着くと<br />
「その花、どうしたん？」<br />
「今日は結婚記念日や！<br />
あれから30年やで」<br />
そのことばではじめて思い出したようです。<br />
<br />
<br />
<br />
帰宅して、晩酌の準備です。<br />
冷蔵庫にあった男前豆腐。<br />
いつもヨメがしてくれていたように、しろ胡麻をたっぷりかけて、ポン酢で食べようと思うのですが、肝心のしろ胡麻の在りかがわかりません。<br />
単身赴任をしていた時なら、台所にあるものも自分で買ってきてしまったものだから、どこにあるのかわかるのですが、我が家の厨房となると、さっぱりわかりません。<br />
予想はしていましたが、やはり不自由なものです。<br />
<br />
神戸港の中突堤、ポートタワーのイルミネーションの下。<br />
瀬戸内海航路の汽船の甲板から、見送りに来てくれたみんなにブーケを投げました。<br />
七色のテープを掛けて門出を祝ってもらいました。<br />
あれから30年。<br />
今年の結婚記念日は、思い出に残りそうです。<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-11-11T23:02:31+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=1019204">
    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=1019204</link>
    <title>おくりびと</title>
    <description>パソコンが壊れて、寝不足の夜が開けた休日、朝のテレビを見ているとヨメが、
「うち、次女と待ち合わせて出かけるから、お昼適当に食べといて！」
というのです。
「どこ行くん？」
「映画見に…」
「なんの？」
「おくりびと」
これ、私も見たかった作品です。
...</description>
<content:encoded><![CDATA[
パソコンが壊れて、寝不足の夜が開けた休日、朝のテレビを見ているとヨメが、<br />
「うち、次女と待ち合わせて出かけるから、お昼適当に食べといて！」<br />
というのです。<br />
「どこ行くん？」<br />
「映画見に…」<br />
「なんの？」<br />
「おくりびと」<br />
これ、私も見たかった作品です。<br />
「えーっ、<br />
それやったらワシも連れてってーな」<br />
「ええけど〜…<br />
最近の映画、オール指定席やから、私らの分は昨日買うてあんねん。<br />
次女に頼んでみるけど、もう席ないかもわからへんで」<br />
それでもいいから…と、次女にメールを入れてもらいます。<br />
「今から、買いに行ってくれる、言うてるわ」<br />
「・・・」<br />
なんだか、私がすごいわがままを言っているような具合ですが、そうなのでしょうか？？？？？<br />
<br />
今日、何があってもしなければならない唯一のスケジュール、掛かり付けのクリニックに行っていると、切符が取れたとメールがありました。<br />
なんとか、同行させていただけるようです。<br />
帰ってみると、テーブルの上に書き置き。<br />
「11時にハービスエントの入口に来て！」<br />
ヨメは私をおいて、さっさと出掛けたようです。<br />
時間をみると10時20分。<br />
急がなければなりません。<br />
遅れようものなら、どれほどの罵辞雑言が待っていることか…<br />
<br />
電車が大阪駅に着いたのが、きっかり11時。<br />
ホームに降りるや、すかさず携帯の呼び出し音が鳴ります。<br />
次女からです。<br />
「ごめん<br />
あと5分で行くから…」<br />
「ふ〜ん、私らもう着いてるから(プツッ=回線の切れる音)」<br />
こんな電話があっても、ムスメが自主的にしたのではない、ヨメが言わしめているのだ!!<br />
と考えてしまうのが父親です。<br />
ヨメには嫌われても、ムスメには嫌われていないはず、と自分で自分を信じ込ませます。<br />
<br />
汗をかきかき集合場所に到着。<br />
私の姿を確認するや、ふたりはさっさとエントランスに入り、シースルーエレベーターに…<br />
私もあわてて駆け込みます。<br />
扉の上にある数字はどんどん増え、着いたのは駅前をはるかに見下ろす小洒落た天ぷら屋さん。<br />
<br />
天ぷら定食を注文すると、塗り盆が置かれ、まずは八寸から出されてきました。<br />
もし、朝あのままヨメを送り出していたら、ヨメと次女のおふたりはこれをお召し上がりになり、私は、インスタント麺かコンビニ弁当で済ませているところです。<br />
よくぞあのとき、行き先を問いただしたものです。<br />
さらには、うとまれながらも付いて来た自分を誉めてやりたいです。<br />
<br />
<br />
映画「おくりびと」は、期待を上回る内容でした。<br />
スクリーンで見るのは「鉄道員(ぽっぽや)」以来のヒロスエですが、いつまでも可愛いですね。<br />
<br />
もっくんの演じる主人公はオーケストラのチェロ奏者から納棺士(のうかんし)になるという、特異な経歴をたどる人ですが、それがまったく普通の成り行きとして受け入れられるストーリーになっています。<br />
<br />
男はどうやって自分の職業を決めるのでしょう？<br />
もちろん、家族を養わなければならない、ということが大前提にはなります。<br />
そのために一定の妥協は必要です。<br />
でも、食べて行くためにだけ働くのでは、悲しすぎます。<br />
好きなこと、やりたいことがあって、それがそのまま職業にできている人は最高です。<br />
でも、この主人公のように、夢半ばでその道を諦めなければならない人もいるでしょう。<br />
<br />
人生の目標を失った時、とりあえず活きる糧を得るために付いた仕事…<br />
それを精一杯こなして行くうちに、依頼された人々から感謝され、逆に自分もいろいろなことを教えられ、徐々に興味を覚えて、やり甲斐を感じていく…<br />
<br />
死体を扱う仕事のため、いわれのない偏見も持たれます。<br />
仕事を取るか、家庭を取るかの選択も、迫られます。<br />
<br />
しかし、この世を去って行く人たちが存命中に、残る私たちにしてくださったことへの感謝をこめて最高のシチュエーションでお送りしたいと思う、その気持ちを形にして表すことは貴いことだと知らされます。<br />
<br />
<br />
この映画を紹介するラジオを聞くまで、納棺士という職業があること自体を知りませんでした。<br />
映画のヒットのおかげで、この職業についておられる方が、肩身の狭い思いをする事はなくなることと思います。<br />
逆にかつて、「ザ・ガードマン」というテレビドラマがヒットして、警備員という職業が認知されたように、スポットがあたって、葬儀に際して納棺士を依頼する人が増えるのかもしれません。<br />
<br />
でも、くれぐれも納棺士を頼んだら、もっくんのようなイケメンがやって来る、と勘違いしないように注意しましょう。<br />
一時、全日空整備に勤務すれば、現場で柴崎コウみたいな女性整備士に出会えると勘違いした人がたくさんいように…<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-11-08T17:47:54+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=1019199">
    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=1019199</link>
    <title>パソコンの故障</title>
    <description>パソコンがこわれました。

深夜、突然立ち上がり、カリカリとHDDにアクセスする音で目が覚めました。
夜中に、ひとりで勝手にスイッチが入るなんて、無気味です。
立ち上がると、黒い画面に何やらメッセージが出ています。
「Alt」「Ctrl」「Delete」を何度繰り返し...</description>
<content:encoded><![CDATA[
パソコンがこわれました。<br />
<br />
深夜、突然立ち上がり、カリカリとHDDにアクセスする音で目が覚めました。<br />
夜中に、ひとりで勝手にスイッチが入るなんて、無気味です。<br />
立ち上がると、黒い画面に何やらメッセージが出ています。<br />
「Alt」「Ctrl」「Delete」を何度繰り返しても、ウィンドウズの画面になりません。<br />
<br />
仕方がないのでサポートセンターに電話しました。<br />
いつもは、なかなか繋がらないのですが、こんな時間のせいでしょう、すぐに呼び出し音になりました。<br />
<br />
オペレーターの人に指示されるまま診断をすると、HDDが破壊しているとのことでした。夜が明けて修理を依頼すると、翌日の日曜日、宅配業者さんが来てくれて、梱包もすべてやって引き取って行ってくれました。<br />
その翌日の月曜日は休日にもかかわらず、修理費の見積書がFAXされてきました。<br />
サービスの人は休日でも稼働してくれているのですね。<br />
私達利用者にとってはありがたいですが、勤務されている人はシフト制なのでしょうか。<br />
お疲れ様です。<br />
で、承諾書にサインをして送り返すと、その翌日の火曜日には<br />
「修理が完了したので配達します」<br />
と電話がありました。<br />
何ともす早い対応です。<br />
今後買い替える時もこのメーカーにしようと思ってしまいます。<br />
と、ここまではトントン拍子に来たのですが、私の勤務の都合上平日の夜間で、指定できる最終の時間帯でも受け取ることはできませんでした。<br />
結局次の土曜日に配達してもらうことになり、丸一週間パソコンの無い生活をしました。<br />
土曜日、朝一番にパソコンが来たのですが、リカバリする途中で無線LANのカードを認識しません。<br />
それまでは問題なく使えていたのに、修理後に使えなくなりました。<br />
再度修理が必要なようです。<br />
とりあえず、今日のところはケーブルでつなぎました。<br />
<br />
このパソコンは、購入してまだ3年ほどです。<br />
こんなこと、あるとは聞いていましたが、まさかわが身にふりかかるとは…<br />
そんな了見でいたので、購入時に勧められた長期保証にも加入していません。<br />
修理費もさることながら、データもすべて絶望的とのことです。<br />
最後なバックアップしたのはいつだったでしょうか？<br />
お気に入りブログのチェックができないのも、欲求不満を感じます。<br />
10年前には、パソコンなんて高嶺の花で、持っていなくても全然へっちゃらで生活してました。<br />
使えなくなって、自分のパソコン中毒がけっこう重症だったことに気付いたのでした。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-11-08T17:44:09+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=1007689">
    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=1007689</link>
    <title>さよなら０系</title>
    <description>

馬場俊英さんのフリーライブに行きました。

10月22日、朝刊をめくっていると、
「馬場俊英新曲発売」
「大阪城ホールでの初ライブ」
の2つの広告が、隣り合わせの2面にわたってかなりな面積で掲載されていました。
馬場俊英。
近ごろ女性に人気のボーカリスト...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="font-size:large;"></span><br />
<br />
馬場俊英さんのフリーライブに行きました。<br />
<br />
10月22日、朝刊をめくっていると、<br />
「馬場俊英新曲発売」<br />
「大阪城ホールでの初ライブ」<br />
の2つの広告が、隣り合わせの2面にわたってかなりな面積で掲載されていました。<br />
馬場俊英。<br />
近ごろ女性に人気のボーカリストですよね。<br />
うわさはかねがね聞いていたのでその広告をよくみると、虫眼鏡で見なければ見えないような小さな字で、OBPで次の土曜日フリーライブがあると書いてあります。<br />
昨年の紅白歌合戦では見ましたが、ナマで聞くのとは全然ちがうでしょう。<br />
フリーライブがあるのなら、ぜひとも聞いてみたいものです。<br />
<br />
でも私のようなオッサンが1人で行くのもいかがなものか、とも思います。<br />
で、次女にメールしてみると<br />
「行くぅ〜」<br />
と、返信がきました。ムスメをカモフラージュにできる算段がつきました。<br />
<br />
ところが当日の朝、起きて携帯をみると、メールの着信があります。<br />
いつもなら起きているはずのないこんな時間に、なんやろうと思いながら開いてみました。<br />
すると、夕べの晩遅くから友達がたくさん遊びに来て、夜を徹して盛り上がっていて、それは今もまだ続いているとのこと。<br />
「だから、きょうは行けません<br />
本当ごめんよ(タヌキのかお)」<br />
<br />
ま、ムスメにはムスメの付き合いってもんがあるでしょう。<br />
がしかし、私にしてみれば、もう行く気になってしまっているものを、今さらやめるのもしゃくなので、1人で行くことにします。<br />
<br />
会場に着くと案の定、観客の7、8割は女性です。<br />
場違いを承知で分け入りました。<br />
でも、コンサートがはじまってみると、歌で聴かせるのは当然として、トークがおしゃれで盛り上げ上手です。<br />
はじまってすぐに、すっかりはまってしまいました。<br />
<br />
前置きがやたら長くなりましたがここからが本題です。<br />
このライブの中で彼が歌ってくれた<br />
「君がくれた未来」<br />
という曲。<br />
「今、JR西日本のホームページ、０系新幹線スペシャルWEBサイトでスペシャルムービーのバックミュージックに使われています」<br />
というのです。<br />
<br />
帰宅して、JR西日本のHPを開け、「JRおでかけネット」からそのサイトを開くと、ありました。<br />
東海道新幹線開業当時の懐かしい光景やそれに先立つ車両製造の秘蔵映像が、馬場さんのやさしい歌声にのせて映し出されてきます。<br />
<br />
<br />
<br />
東海道新幹線が０系車両を揃えて開業したのは昭和39年10月1日。<br />
その10日後に控えた東京オリンピックの開会にあわせて、突貫工事で完成させたものでした。<br />
そしてその半年後の昭和40年3月、私の小学校卒業と同時に、我が家は父親の仕事の都合で、住み慣れた東京から神戸に引っ越しをしたのです。<br />
<br />
それに先だって、正月開けに一足早く単身で赴任する父に連れ立って、これからお世話になる方々にごあいさつをかねて、家族で神戸に行くことになりました。<br />
その時が、私の新幹線初体験です。<br />
車両はもちろん、竣工直後の０系新幹線。<br />
<br />
電車が大好きだった私は、まだクラスメートの誰ひとり乗ったことがない新幹線に乗れるうれしさと、あと数ヶ月でそんなみんなと会えなくなってしまう寂しさが入りまじった複雑な気持ちで真新しい車両に乗り込みました。<br />
<br />
さよなら０系の画像に出てくる、リクライニングしない一枚ものの座席背もたれのグレーとブルー色分けも、自動では開閉しない客室と通路を仕切る扉も、はっきり覚えています。<br />
<br />
春に6年生の遠足で来た箱根の山を新旦那トンネルで抜けると、そこから先は私にとって見知らぬ世界です。<br />
晴れ渡った青空に、真っ白な雪を被った富士山。<br />
その山頂の左端に米粒より小さく、前年の秋に設置されて話題の富士山測候所のレーダードームが見えます。<br />
気象衛星などなかった時代です。<br />
この富士山レーダーは、その後の台風時などに大活躍しました。<br />
<br />
せっかくだからと、母がビュッフェに連れて行ってくれました。<br />
メニューに書かれた値段は、子供心にもずいぶん高いように思いました。<br />
ここには壁にスピードメーターが付いていて、速度が確認できます。<br />
これまでの電車のおよそ倍、時速200キロを実体験したわけですが、そんなに速い感じはしませんでした。<br />
当時の沿線は付近に建物がほとんどなかったこともありますが、あまりに開業を急いだため、まだ路盤が固まっていない箇所が多く、あちこちで徐行運転をしていたこともそう感じさせたのだと思います。<br />
<br />
昔は橋が掛けられていなかったと学校で習った大井川を渡った時、このくらいの水量なら歩いて渡れそうだ、と子供心に感じました。<br />
<br />
名古屋を過ぎると、名神高速道路。<br />
日本でただひとつ、時速100キロで走ることのできる本格的な高速道路です。<br />
<br />
父が<br />
「関ヶ原だよ」<br />
と教えてくれた合戦場は、なんともとりとめのない山と丘陵の風景でした。<br />
しばらくすると、真っ白に雪化粧した優麗な山容が見えてきました。<br />
伊吹山です。<br />
それから30年して、毎日この山を見て暮らすことになることを、この時には知るよしもありません。<br />
雪がなくなると、この山は採石で無残に削り取られた山肌を露呈してしまうことを知ったのも、後のことです。<br />
<br />
さらに行くと平野がひろがり、田んぼのなかをローカル線の線路が寄り添ってきました。<br />
模型のジオラマのような小さな駅をいくつも通りすぎます。<br />
早く電車が走って来ないかと、思っているうちに線路は離れて行きました。<br />
<br />
新大阪に着いて在来線に乗り換え、淀川を渡るころには陽はとっぷりと暮れ、心細い思いになってきました。<br />
車内でかわされている会話は、これまではテレビやラジオでしか聞いたことのなかった、大阪弁です。<br />
<br />
ようやく着いた神戸は、山の麓に宝石をちりばめたような、灯りがまたたく街でした。<br />
<br />
<br />
<br />
新幹線０系の映像が、あの頃のことを懐かしく思い出させてくれます。<br />
<br />
「映像を見終わるころには、電車の形が顔のように見えてくるんです」<br />
とステージの馬場さんは言いました。<br />
竣工当時は、今までに見たこともない、流れるような流線型に思えた０系の前頭形状も、100系、300系、500系、そして「カモノハシ」と呼ばれる700系、N700系の中に入ると、ずいぶんずんぐりむっくりの団子鼻で愛らしく見えてきます。<br />
<br />
そんな０系新幹線、ラストランまで、あと1か月です。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>こんなとこ・あんな場所</dc:subject>
    <dc:date>2008-10-28T22:34:40+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

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    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=1001375</link>
    <title>秋季近畿高校野球</title>
    <description>プロ野球のほうは、いよいよ両リーグともクライマックスシリーズに突入し、日本シリーズに向けて盛り上がっています。
そんな10月18日、高校野球の秋季近畿大会も開幕しました。
夏の全国大会が終わると3年生が抜け、新チームでのぞむ秋の大会。
この近畿大会の結果が...</description>
<content:encoded><![CDATA[
プロ野球のほうは、いよいよ両リーグともクライマックスシリーズに突入し、日本シリーズに向けて盛り上がっています。<br />
そんな10月18日、高校野球の秋季近畿大会も開幕しました。<br />
夏の全国大会が終わると3年生が抜け、新チームでのぞむ秋の大会。<br />
この近畿大会の結果が、来年春の選抜大会出場選考の大きな要素になります。<br />
<br />
近畿2府4県で順番に開催されているこの大会、今年の開催地は京都府です。<br />
会場は西京極球場。<br />
<br />
大会初日の第一試合に兵庫県大会優勝校、西宮の報徳学園が出場します。<br />
かかり付けのクリニックの診察を終えて、なんとかこの試合に間に合いたいと急いで家を出たのですが、やはり高校野球は試合進行が早いです。<br />
球場に着いたのは試合開始から2時間後ですが、第一試合はちょうど終了したところでした。<br />
<br />
スコアボードによると、報徳学園は県和商に快勝したようです。<br />
それにしても、地方大会だというのに、駅から球場へ向かう道筋はたくさんの人でした。<br />
みなさん、今から始まる第2試合に出場する大阪府大会の優勝校PL学園がお目当てのようです。<br />
第2の清原と目される一年生選手がいるとか…<br />
あいかわらずPL学園の人気はゆるぎないですね。<br />
<br />
このPL学園は、京都代表の搭南高校をコールド勝ちで退けました。<br />
続く第3試合は、兵庫県3位の東洋大姫路と滋賀県準優勝の彦根東です。<br />
この試合、私としてはどちらを応援するか迷うところです。<br />
東洋大姫路は兵庫県の学校で、姫路は妹の嫁ぎ先でもありますが、私の住む西宮からは離れた街です。<br />
でも、相手チームがさほど思い入れのない学校であれば無条件で応援するところです。<br />
<br />
彦根東高校の滋賀県は、4年半ほど湖北に住んでいて、妙にこの地域に愛着があります。<br />
昨年の今頃、シティマラソンではこの学校のすぐ前を走りました。<br />
スタンドを見ると、応援団の数はほぼ同じくらいでしょうか？<br />
東洋大姫路はマーチングバンドと野球部員の他にチアリーディングもいて試合開始前から派手に士気を盛り上げます。<br />
甲子園に何度も出場経験があるだけに、統制のとれたスマートな応援です。<br />
<br />
対する彦根東は、マーチングバンドと運動部員を軸に、それを取り囲む一般の応援団は、揃いの真っ赤なＴシャツ姿です。<br />
甲斐武田武士の流れを汲む井伊の赤備えに因むものでしょう。<br />
整然さはないものの勢いでは東洋大に負けていません。<br />
<br />
夏が舞い戻ったかと思わせる厳しい日射しを避けて、しばらくはバックネット後方の屋根の陰で観戦することにします。<br />
<br />
先攻は東洋大姫路。<br />
一回表、開始のサイレンが鳴りやまないうちに初球を打った内野ゴロを彦根東のセカンドがエラー。<br />
こんな打球、いつもは難なくさばいていることでしょう。<br />
試合が始まると同時に目の前に飛んできた打球。<br />
普段と同じプレーを…<br />
などと口でいうようほどにたやすいわけはありません。<br />
2番バッターはすかさず初球を送りバント。<br />
たった2球でスコアリングポジションにランナーを送った東洋大。<br />
3番バッターの初球は三遊間、懸命にすがったショートのグラブをかすり、悪いことにこれで打球の勢いが止ってしまい、深めのレフトが前進して捕球するのに時間がかかってしまいました。<br />
彦根東にとっては不運なレフト前タイムリーヒットです。<br />
そのあと、フォアボール、デッドボールで満塁。<br />
何とか抑えようとして力が入りすぎているピッチャーの気持ちが伝わってきます。<br />
レフト前ヒットで2点目が入ります。<br />
一体どうなるのやら、と思っていたら、次の内野ゴロではうまくダブルプレーが決まりました。<br />
スタンドから<br />
「よく2点で止めたな」<br />
という声が聞かれます。<br />
<br />
この後は立ち直り、しばらくスコアボードに両者0が並びます。<br />
3回裏には東洋大のパスボールにも乗じて彦根東が1点、続く4回表には東洋大が1点を入れます。<br />
<br />
その後も突き放そうとする東洋大に彦根東が追いすがる形で両者加点してゆきます。<br />
回が進むのにつれ、そんな試合展開を、1塁側と3塁側の応援席を行ったり来たりしながら観戦していました。<br />
<br />
4対3、東洋大の1点リードで迎えた八回表。<br />
うまい攻め方で東洋大が2点を入れ、6対3と3点の差がついてしまいました。<br />
この時点で、決めました。<br />
彦根東を応援しようと…<br />
<br />
3塁側の応援席では真っ赤な地に白文字で「関西金亀(こんき)会」の大きな応援旗が振られています。<br />
そして応援団の人たちが着る応援旗とお揃いの赤いTシャツの背中には「赤鬼魂」の白抜き文字。<br />
<br />
今回の大会、滋賀県勢のもう1校の出場校は甲子園でもお馴染みの近江高校です。<br />
奇遇にも、彦根城の天守閣を挟んで彦根市内から2校が出場しています。<br />
その彦根東高校は、彦根のお城の中に校舎がありますから、これは井伊家のご利益(りやく)にあやかるのは当然至極です。<br />
<br />
8回裏はセンターのファインプレーもあり無得点。<br />
9回表の東洋大の攻撃も三者凡退に打ち取ります。<br />
<br />
いよいよ9回裏、3点を追っての攻撃です。<br />
ここで彦根東の赤鬼たちが踏ん張りを見せました。<br />
フォアボールに連打をからめ、1点をあげてさらに塁を埋めて加点のチャンスです。<br />
あわや同点、逆点というところまで攻め立てましたが、残念ながら最後は4番打者がライトフライに倒れ、力尽きました。<br />
でも見ごたえのあるいい試合でした。<br />
<br />
いつも思うことですが、高校野球はプロ野球とはちがう独特な雰囲気があります。<br />
応援団のほとんどは、部員やクラスメートや父兄、OBですから、プレーをしている選手たちとは顔見知りなのです。<br />
だから、チャンスの時の応援の必死さや、ピンチの時の心配さがひしひし伝わってきます。<br />
一般席は、そんな球場で繰り広げられる人間模様すべてを楽しむ、根っからの野球好きが温かく見守ります。<br />
スコアブックを綿密に付けているのは、もしかするとプロのスカウトマンかも…<br />
そして、私のようにおにぎりとワンカップ持って1日をつぶす暇人も中にはいます。<br />
<br />
さて、今日観戦した選手たちの中から未来のスタープレイヤーが現れるのでしょうか？
]]></content:encoded>
    <dc:subject>スポーツあれこれ</dc:subject>
    <dc:date>2008-10-22T20:42:47+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
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</rdf:Bag>
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  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=994455">
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    <title>現像</title>
    <description>世の中、あっという間に情報のデジタル化の波が押し寄せて来ました。
街で写真を撮る人をみても、ほとんどがデジカメか携帯です。

私の携帯にもカメラ機能が付いています。
常時ポケットに入れて持ち歩いているものがカメラとしても使えるのというのは、すこぶる便利...</description>
<content:encoded><![CDATA[
世の中、あっという間に情報のデジタル化の波が押し寄せて来ました。<br />
街で写真を撮る人をみても、ほとんどがデジカメか携帯です。<br />
<br />
私の携帯にもカメラ機能が付いています。<br />
常時ポケットに入れて持ち歩いているものがカメラとしても使えるのというのは、すこぶる便利です。<br />
このコラボを考えた人はすごいと思います。<br />
<br />
そんな私ですが、今もフィルム式の一眼レフを持っています。<br />
11年前に買い換えたものです。<br />
買ってすぐに、長野新幹線の開通直前の信越本線の横川駅に写真を取りに行ったから覚えています。<br />
信越本線横川〜軽井沢間(通称ヨコカル)が廃線になったのは1997年10月。<br />
<br />
たった11年で、世の中様変わりしてしまいました。<br />
<br />
先に書いたように、私もカメラ機能の付いた携帯を手に入れてから、外出時にわざわざカメラを持って出ることが少なくなり、この時買ったカメラの稼働率はめっきりひくくなってしまいました。<br />
たまにちゃんとした写真を撮りたい時だけこのカメラを使います。<br />
そんな時、困るのは撮影した後です。<br />
ついこのあいだまで街のあちこちに点在していたラボが、激減しているからです。<br />
<br />
かつては、写真の現像を頼みに行くのは、写真屋さんと決まっていました。<br />
フィルムを預けると中一日くらいで処理してくれました。<br />
この間、自分の撮った写真がどんな風に仕上がって来るのか、とても楽しみで不安な時間でした。<br />
そのうちに、写真屋さんにまで行かなくても、クリーニング屋さんや駅売店で取り扱うお店が増え、便利になりました。<br />
これに対抗して写真屋さんは、「即日仕上げ」という看板を掲げる店ができ、さらにDPEだけを専門にやるお店が、一時間仕上げ、55分仕上げと、どんどん早くなっていきました。<br />
運動会や行楽シーズンのちょうど今ごろの時期の夕方は、こうしたラボのカウンターには行列ができ、たくさんのアルバイト店員さんが店内でてんてこ舞いして対応していたのがきのうのことのようです。<br />
このころがフィルム式カメラの全盛期だったようです。<br />
<br />
それが、またたくまにあちらの駅前の店がなくなり、こちらのスーパーの案内カウンターが取り扱いをやめていきました。<br />
わが家の近所でかろうじて、残っているお店も、いつ見かけても店員さんがぽつんと1人、暇そうにしています。<br />
いつ廃業してしまうか、心もとありません。<br />
<br />
先日、久しぶりにカメラを持って出かけました。<br />
帰りに現像に出そうとして、駅を降りてからずいぶん歩いてそのお店にたどり着いたのですが、店員さんがちょうどシャッターを閉めて帰るところでした。<br />
まだ晩の7時です。<br />
いつまでもお店を開けていても電気代が嵩むので、早く閉めるのでしょうか…<br />
とにかく、近所にはこのお店しかないので、またあした出直すしかありません。<br />
預けるはずのフィルムをポケットに戻してすごすごと家に向かって歩き出して思いました。<br />
撮り終えたフィルムを現像に出すということは、アンティークな趣味の領域に入ってきているようです。<br />
<br />
私の場合でもどうせ、プリントは頼まずCDに焼いてもらってパソコンに落とすのですから、デジカメに比べて、非効率的で不経済なことなのはわかっています。<br />
でも、このカメラはまだまだ使えるのです。<br />
現像してもらえる環境が続くかぎりは、使い続けたいと思います。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>くらし・環境</dc:subject>
    <dc:date>2008-10-15T20:21:47+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
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    <title>小松帯刀</title>
    <description>10月4日、5日は西宮神社(えびすさん)を中心に「酒蔵ルネサンス」がありました。

4日の夕方、一旦帰宅するには中途半端に体が空いたので、ちょっとだけのぞいてみました。
黄昏時の境内は、露天のお店にも灯がともって、情緒たっぷりです。
このお祭りで毎回楽しみな...</description>
<content:encoded><![CDATA[
10月4日、5日は西宮神社(えびすさん)を中心に「酒蔵ルネサンス」がありました。<br />
<br />
4日の夕方、一旦帰宅するには中途半端に体が空いたので、ちょっとだけのぞいてみました。<br />
黄昏時の境内は、露天のお店にも灯がともって、情緒たっぷりです。<br />
このお祭りで毎回楽しみなのは、もちろん利き酒！<br />
西宮の名だたる醸造元がずらりと軒ならぬテントを連ねて出店しています。<br />
<br />
甘口、辛口、純米、吟醸、濁り酒など、どれも個性的でそれぞれの味わいがあります。<br />
焼酎ブームの昨今ですが、私にはとっては数あるお酒のなかで日本酒の芳醇な味わいが一番口に合います。<br />
<br />
一列に並んだブースを片端から試飲させてもらいながら本殿の方へ向かって進んで行って、空きっ腹の体にほんのり酔いがまわりはじめたころ、大関酒造で注がれたのは「小松帯刀(たてわき)」という銘柄でした。<br />
<br />
小松帯刀といえば、今放送中のNHKの大河ドラマ「篤姫」で、瑛太さんが演じる篤姫の元カレです。<br />
ただし、実際の史実として、小松帯刀と篤姫に面識があったという証拠はないそうで、これは、ドラマを盛り上げるための脚色だそうです。<br />
<br />
それにしても、ドラマの人気にかこつけて、大関酒造ともあろう有名メーカーが姑息な手段を使うものだ、と思い<br />
「小松帯刀って大関酒造と何か関係があるんですか？」<br />
と、質問してみました。<br />
すると<br />
「うちの社長は、小松帯刀の玄孫(やしゃご=孫の子供)です」<br />
この返答にはびっくりしました。<br />
「でも、帯刀って九州の人でしょ？」<br />
「ええ。<br />
でも京都に来たりしてましたんで…」<br />
<br />
帰って早速ネットで調べてみると、<br />
<br />
「大関」を経営する長部家は小松家と親戚関係にあり、橋本康男社長は玄孫にあたる。<br />
<br />
利き酒を注いでくれた法被姿の社員さんの言うことは本当だったのです。<br />
<br />
翌日、「篤姫」をみていると、ちょうど帯刀が京都に滞在しています。<br />
折しも謹慎を解かれた西郷隆盛をねぎらう宴をもうけています。<br />
ここに呼ばれて現れたのが、原田夏希さん演じる琴花。<br />
どうやら彼女が大関酒造の社長の先祖を出産することになりそうな話の成り行きです。<br />
<br />
再度ネットによると、この琴花さん、帯刀との間に<br />
「一男一女をもうける」とあります。<br />
<br />
だとすると、故郷薩摩で家を守っている、ともさかりえさん(お近)はどうなるのでしょう…<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>くらし・環境</dc:subject>
    <dc:date>2008-10-09T22:25:10+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=987507">
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    <title>甲子園ホテル</title>
    <description>自分が住んでいる街って、意外と知らないことが多いものです。
西宮市の住人になってもう30年ほどになる私ですが、知らないことだらけです。
他府県からも食べに来る人がいるという、産地こだわりのハンバーガー屋さんが近所にあることも、つい最近まで知りませんでした...</description>
<content:encoded><![CDATA[
自分が住んでいる街って、意外と知らないことが多いものです。<br />
西宮市の住人になってもう30年ほどになる私ですが、知らないことだらけです。<br />
他府県からも食べに来る人がいるという、産地こだわりのハンバーガー屋さんが近所にあることも、つい最近まで知りませんでした。<br />
<br />
そんな私が見つけた新聞記事。<br />
<br />
戦前「西の迎賓館」と称された旧甲子園ホテルの往時をしのぶイベント「甦(よみがえ)る甲子園ホテル」が十月四日、同ホテルを修復した武庫川女子大甲子園会館(西宮市戸崎町)で開催される<br />
<br />
参加は無料。<br />
当日受付。<br />
開演は午後2時<br />
開場は午後1時半<br />
<br />
ふーん、そんな建物が残っているのですね。この機会に行ってみようと思います。<br />
<br />
甲子園といっても、野球場には春夏欠かさず行きますが、このあたりはほとんど足を踏み入れたことありません。<br />
なので、場所の確認も含めて早めに出掛けましたが、早すぎました。<br />
着いたのは受付開始の1時間前。<br />
なのに、正門付近にはたくさんの人だかりが出来ています。<br />
<br />
首に入門証をかけた係の女性が<br />
「見学希望の方ですか？」<br />
と声をかけてきます。<br />
「整理券を配っています。<br />
2時20分からご案内しますので時間になったらこれを持って再度お集まりください」<br />
受け取った整理番号は、この時間にもかかわらず、すでに86番。<br />
たしか定員は150人のはずです。<br />
とりあえず場所の確認を…、と思って早く来たのが功をそうしました。<br />
<br />
付近を散策して時間をつぶし、指定の時間に戻って来ると、案の定黒山の来場者を前に<br />
「整理券の配布は終わりました。<br />
本日は、もうご参加いただけません」<br />
と係の人たちは平謝りです。<br />
<br />
整理券をもらっていた私たちは、順番に威厳ある正面玄関を入ってロビーに案内され、受付の手続きをします。<br />
ホテルを設計したのが、フランク・ロイド・ライトの弟子にあたる遠藤新氏ということで、ロビーは明治村に保存されている旧帝国ホテルのそれとよく似た雰囲気です。<br />
もちろん外観のほうも、ライト設計による芦屋の「ヨドコウ迎賓館」に似ているのはいうまでもありません。<br />
<br />
案内された会場は1階の西ホール。<br />
天井の市松模様の光天井が、洋風の造りに和のテイストを与えています。<br />
<br />
「甲子園ホテルの当時を語る」<br />
と題された、川端三之助氏のトークは興味深いものでした。<br />
<br />
今年、86歳という氏はお歳よりずっと若く見えます。<br />
氏は昭和12年、18歳でこの甲子園ホテルに入社され、ボーイとして食堂部に在籍されました。<br />
そのときの様子を克明に覚えておられ、貴重なお話を伺うことができました。<br />
<br />
---------------------------------------------------------------------<br />
<br />
山本五十六さんは、鳴尾浜にあった川西航空機を視察に来られた時、必ず甲子園ホテルに宿泊されました。<br />
当時、甲子園四番町に住んでおられた長谷川一夫さんは、よく食事にも来られましたが、来客があるとホテルの出前を取られました。<br />
そのほか、高松宮様、三笠宮様などの皇族方、谷崎潤一郎などの文人もよく利用されました。<br />
甲子園での試合に出場するため、大リーガーのベーブルースもここで宿泊しました。<br />
<br />
そんな甲子園ホテルの竣工は昭和5年。<br />
当時の帝国ホテルのマネージャーが、関西にも帝国ホテル並み迎賓ができるホテルが必要だという思いから、建設したものです。<br />
<br />
一階は、中央の玄関ロビーをはさんで東にメイン食堂、西に宴会場(きょうの会場となっている場所)を配しています。<br />
一階東の食堂の隣にはグリルもあったそうです。<br />
食堂には、正装、ネクタイ絞めでないと入ることができないのですが、 グリルはその必要がありませんでした。<br />
これは、ホテル側が強要したことではなく、お客様のあいだで自然につくられていったルールです。<br />
<br />
その食堂のメニューは…<br />
<br />
朝は1円50銭<br />
<br />
オレンジ、トマト、グレープフルーツから選べるジュース<br />
ベーコンエッグ、スクランブルエッグ、オムレツの中から選べる卵料理<br />
トースト2枚<br />
コーヒー<br />
<br />
昼・晩は2円50銭<br />
<br />
コンソメ、ポタージュから選べるスープ<br />
その日用意された中から一品選べるメイン<br />
パン<br />
オードブル<br />
フルーツ<br />
<br />
4階建ての上階には客室が東西に各26室ずつ、計52室。<br />
どの部屋からも2部屋以上他の部屋の前を通ることなく食堂に行くことができます。<br />
これぞ高級ホテルという、心憎いばかりの気配りがなされた設計です。<br />
それぞれの客室には、和室と洋室があって、どちらで寝るかは、お客様が自由に選べます(今でいうスイートルームですね)。<br />
さらに最上階の4階には、東西に一室ずつ隠れ家的な日本間があり、著名人がお忍びですき焼きを楽しむことができました。<br />
<br />
屋上からは、武庫川、六甲の山並、そして宝塚までものぞめたそうです(現在の、家屋が密集した街並みからは想像もできません)。<br />
<br />
<br />
また、このホテルの経営を安定させたものに結婚式がありました。<br />
料理は1人前5円。<br />
関西政財界人によく利用されました。<br />
<br />
4月になると庭では満開の桜のもと、園遊会が催され、6月には池に菖蒲が咲き乱れました。<br />
この花の色が、ボートを浮かべて遊ぶ人の顔に反射して映るのです。<br />
まるで、おとぎ話の竜宮城のようでした。<br />
<br />
夜ともなれば、今日の会場となったこの西のホールで、華やかなダンスパーティーが開かれました。<br />
<br />
---------------------------------------------------------------------<br />
<br />
そんな豪華絢爛な甲子園ホテルも、開業からわずか14年後の昭和19年には旧海軍に接収されます。<br />
さらに戦後は進駐軍の幹部宿舎になります。<br />
進駐軍からは、昭和23年に日本政府に返還されるのですが…<br />
<br />
政府は、2人の管理人を置くだけで、そのままホテルを放置したのです。<br />
往時があまりにも華やかだっただけに、手入れもされず屋根にペンペン草が生えた旧ホテルを目の当たりにして、川端さんは大変心を痛めたそうです。<br />
<br />
昭和40年、放置されていたホテルを、武庫川女子大学が大蔵省に願い出て払い下げを受けます。<br />
そして、竣工当時の図面に基づいて庭園も含め、7か月かけて修復します。<br />
川端さんにもお声掛かりがあり工事に立ち会われ、当時の使われかたなどを中心に、アドバイスをしたそうです。<br />
<br />
現在は、武庫川女子大学生活美学研究所の学舎として使用されている旧甲子園ホテル。<br />
そんな歴史を知っている学生さんがどれだけいるのかわかりませんが、この建物で学べることは、なんと贅沢なことでしょう。<br />
わが町西宮に残る貴重な文化遺産にふれ、そこにかかわった人のお話をお聴きし、豊かな気持ちになりました。<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>おすすめBook</dc:subject>
    <dc:date>2008-10-08T20:19:43+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=980995">
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    <title>ちょこっとバス</title>
    <description>今日(9月28日)は、東近江の「おくのの運動公園」というところで、新しいソフトボールチームが結成され、初練習があるというのです。
北京オリンピックの金メダル獲得から、かつてインターハイ出場経験をもつ人が当時使っていたグローブの写真をブログに載せ、それを読ん...</description>
<content:encoded><![CDATA[
今日(9月28日)は、東近江の「おくのの運動公園」というところで、新しいソフトボールチームが結成され、初練習があるというのです。<br />
北京オリンピックの金メダル獲得から、かつてインターハイ出場経験をもつ人が当時使っていたグローブの写真をブログに載せ、それを読んだ人たちでコメントが盛り上り、にわかに話が具体化したのです。<br />
それは私がチェックを欠かさないブログなので、ことの成り行きをずっと追っていた私は、どんなひとたちが集まって、どんな雰囲気のチームができるのか、ぶっつけ本番のチーム結成の顛末を、この目で見たくて仕方がありません。<br />
無理やり都合をつけようと思います。<br />
<br />
事前に「おくのの運動公園」とはどこにあるのか地図で調べてみると、道の駅「あいとうマーガレットステーション」(地元の人は「マガステ」と呼んでいるようです)から東に2キロほどのところです。<br />
「マーガレットステーション」にはバス路線を示す赤い線が伸びていますが、公園の付近にはありません。<br />
でも、2キロくらいなら30分もあれば歩けるでしょう。<br />
雨ならば歩く気力も失せますが、その時は練習も中止のはず。<br />
<br />
その「マーガレットステーション」を通るのは、八日市の駅前から出ている「ちょこっとバス」というものらしいのです。<br />
これ、最近各地に増えている、民間の事業者が撤退するなどして公共交通機関がなくなった地域に、行政が経費を補填して運営しているコミュニティバスのようです。<br />
ソフトボールチーム自体も気になりますが、このバスに乗ってみたくもなりました。<br />
<br />
<br />
<br />
午前中にあった、組合の総会は、私の予想より少し長引きましたが、急げば12時ちょうどに大阪駅を出る新快速に乗れそうです。<br />
途中の交差点の信号が変わるのもまどろっこしく駆け込んだ、さくら夙川駅。<br />
次の京都方面の電車は11時33分発。<br />
よかった。<br />
これなら尼崎で予定の新快速を待ち構えて乗れるので、大阪で座れる可能性が高まります。<br />
<br />
大阪駅では読み通り座ることができ、ほっと一息。<br />
隣のホームでは、この電車の後を追って出発する札幌行き寝台特急「トワイライトエキスプレス」が今日も多くのマニアの放つストロボ光を浴びています。<br />
<br />
近江八幡までは約1時間、しばしの小旅行気分です。<br />
これからの行程は、近江八幡着が1時3分<br />
八日市行きの近江鉄道が絶妙の接続で1時9分の発車。<br />
八日市到着が1時27分で1時45分に出発する「ちょこっとバス」に乗り継ぎます。<br />
綿密に調べあげたスケジュールは、何から何までおあつらえむき。<br />
最後にはちょっとしたウォーキングを楽しみながら、2時半くらいには目的地に着きそうです。<br />
<br />
車窓をながめながら、うつらうつらしかかっていると車内アナウンス。<br />
「千里丘、茨木間の踏切におきまして、遮断機が折れているとの情報があり、ただいま先行列車が確認作業を行っております」<br />
と、電車はみる間にスピードダウンし、やがて完全に停車。<br />
<br />
あまりにも接続がよいスケジュールというのは、こんな時に困りものです。<br />
近江八幡の駅の造りは、5分遅延すれば乗り継ぎは致命的です。<br />
結局、高槻の到着は遅れ8分。<br />
その後も回復できずに草津へ…<br />
<br />
「この電車遅れておりますが、本日、草津では柘植(つげ)行きと接続をとります。<br />
お乗り換えのお客様はできるだけお急ぎいただきますようお願いいたします」<br />
さすがJR同士の草津線との乗り継ぎは、発車を待ってくれています。<br />
<br />
別会社ながら、近江鉄道も待ってくれていないか、と淡い期待をいだきつつ近江八幡のホームに降りました。<br />
しかし、やはり乗るはずだった電車はとっくに発車しています。<br />
私同様乗り遅れた人たちで改札口前のベンチは、いつになくにぎやかです。<br />
つい先日も、ここで乗り遅れました。<br />
最近、この駅ではツキに見放されているようです。<br />
<br />
次の電車は30分後。<br />
それに乗っても乗らなくても、八日市からのちょこっとバスは約1時間後です。<br />
でも、乗り遅れることは、悪いことばかりではありません。<br />
あまりの接続の良さに、どこでお昼にしようか困っていたのですが、この待ち時間に駅前のショッピングセンターで済ませることができました。<br />
<br />
ここで修正スケジュールを検討してみます。<br />
1時間後のちょこっとバスに乗った場合でも、3時半くらいには目的地に着けると思います。<br />
気になるのは、何かの都合であちらのイベントが早じまいしてしまったら元も子もありません。<br />
練習の様子をちょっと見れればよいだけなので、参加している人に気を使わせるのはいかがなものか、とも思いましたが、今、そちらに向かおうとしている人間がいることだけは知らせておこうと、連絡を入れました。<br />
<br />
八日市に着くと駅前に永源寺行き、というバスが止まっています。<br />
乗ろうとしていたちょこっとバスではありませんが、方向としては、見当ちがいではありません。<br />
この際、ちょこっとバスはあきらめても先を急ぐべきかもしれません。<br />
<br />
制服を着た人が、能登川方面に行きたいという女性に、親切に案内をしていたので、終わるのを待って私も<br />
「ここに行きたいんですけど、このバスの御薗っていう停留所からは近いですか？」<br />
と地図を見せて尋ねると<br />
「歩いてですか!?<br />
それはちょっと無理ですわ。」<br />
地図で見ると御薗のバス停から運動公園は歩けなくはなさそうですが、実際は愛知川をはさんでかなり歩きごたえがあるようです。<br />
<br />
「あいとうマーガレットステーションからなら歩けますよね。<br />
でも次は36分まで無いんですね」<br />
と尋ねると<br />
「ちょっと待ってください」<br />
と言って、向かいで待機している小さなバス(これがちょこっとバスでした)の運転手さんのところに行って、しばらくなにやら話していました。<br />
<br />
元々が粗いバス路線網の真ん中の空白地帯に、タクシー代をケチってバスで行くと言い張る難儀な乗客の要求に、誠意をこめて答えようとふたりで知恵を絞ってくれているようです。<br />
概して、地方のバスや電車にたずさわる職員の方々は親切です。<br />
<br />
戻ってくると<br />
「あいとうマーガレットステーションに行くバスは30分にもあるんですが、遠回りをするので36分のほうが早く着きます。<br />
このバスはそのあと、おくのの運動公園に近いバス停も通るのですが、遠回りをして行くので、着くまでには相当時間がかかります」<br />
結局、36分まで待って、マーガレットステーションから歩くのがベストのようです。<br />
<br />
発車まで時間があるので駅前を散策します。<br />
何度か来たことはあるのですが、最近、この辺りにABC食堂というお店があることを知りました。<br />
メニューにはグラタンのことをコキールと書いてあるのだそうです。<br />
そのお店を探してみましたが見つかりませんでした。<br />
あとで聞いたら、表通りに面してはいなくて、一本商店街に入ったところにあるのだそうです。<br />
それにしても、コキールって、なんとなくノスタルジックな響きです。<br />
<br />
辺りを一回りして帰って来るとちょうどよい時間です。<br />
30分、36分と立て続けに出発するちょこっとバスの、後の便に乗ります。<br />
前の便の運転手さんは、さっき親切に時刻を調べてくれた人でした。<br />
<br />
料金は200円、珍しく先払いです。<br />
一般に、こうしたコミュニティバスの運賃は、同じ地域に昔から走る路線バスに比べて著しく安いです。<br />
先ほど停まっていた永源寺行きの路線バスに乗っていたら、同じ距離でも何倍もの運賃を払っていたはずです。<br />
行政の補填の仕方があまりに不公平だと思うのですが、特に地元の人から不満が出ているという話を聞きません。<br />
不満も出ないほど、バスが住民に利用されていない、ということでしょうか？<br />
利用の多いお年寄りはどちらのバスも無料で乗れるのでしょうし…<br />
<br />
私の後から小学校低学年の女の子が2人<br />
「このバス○○に行くよね」<br />
と話ながら乗り込んできました。<br />
「お帰り！<br />
行くよ」<br />
と笑いながら運転手さん。<br />
どうやら、駅前まで遊びに出てきた2人を行きに乗せたのもこの運転手さんだったようです。<br />
<br />
乗客は私と女の子ふたりの3人です。<br />
バスが走り出すと、一番後ろに座った女の子たちの席から、なにやら数字を数える声が聞こえてきます。<br />
<br />
「あんた、オモローやりすぎや」<br />
って、女の子たちが笑い転げて遊んでいるのは、ボタンを押すと数字を叫び、それが3の倍数だとバカの声、イコールは「オモロー」と言う「ナベアツ電卓」ですね。<br />
彼女たちは、ちょこっとバスに乗って、八日市の駅前にこれを買いに来たのでしょう。<br />
買えてよかったですね。<br />
私も先日、たまたま吉本グッズを売る店を通りかかった時探してみたのですが、ありませんでした。<br />
<br />
アピア前、市役所とすぎるうちに少しずつお客さんも増えて来ましたが、その人たちも愛知川を渡ってしばらく行くうちにみんな降りてしまいました。<br />
名神高速道路の上をオーバークロスして切通を過ぎると景色が開けてマーガレットステーション到着です。<br />
<br />
「あれですわ」<br />
遠くに見えるグランドのネットを指差して、運転手さんが教えてくれました。<br />
<br />
ここから歩くつもりだったのですが、連絡をしたおかげで、花の女子応援団が3人も抜けだして、車で迎えに来てくれていました。<br />
酔狂でやって来た私のために、お手数をかけて申し訳ないことをしてしまいました。<br />
さて、どんなチームが出来上がっているのでしょうか…<br />
<span style="font-size:large;"></span><span style="color:#000000"></span>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>こんなとこ・あんな場所</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-28T20:29:55+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

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    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=975133</link>
    <title>六甲山のある風景</title>
    <description>最近、神戸に通勤することになったわけですが、神戸は中学生から結婚するまで、十数年住んでいたし、今でも実家があるので親しみ深い街です。
でも、考えてみると三宮までは比較的よく行くものの、それより西にはあまり行くことがありませんでした。

そんな神戸の街を...</description>
<content:encoded><![CDATA[
最近、神戸に通勤することになったわけですが、神戸は中学生から結婚するまで、十数年住んでいたし、今でも実家があるので親しみ深い街です。<br />
でも、考えてみると三宮までは比較的よく行くものの、それより西にはあまり行くことがありませんでした。<br />
<br />
そんな神戸の街をちかごろは朝晩車窓からながめることになって、ふと気がついたことがあります。<br />
市章山、碇山がほとんど見えないのです。<br />
市章山には神戸市のマーク、碇山には碇の形、2つ並んで元町駅のあたりでずっと見えていたはずです。<br />
明るい時は山の緑、暗くなるとソーラー発電によるイルミネーションに輝く様は、まさに神戸のシンボル、という思いで眺めていました。<br />
ついこのあいだのことのように記憶しているこの光景は、実はずいぶん昔のことなのかもしれません。<br />
気づかないうちに、神戸の山手にもたくさんの高層ビルが建ち並んでしまったようです。<br />
<br />
そんなことを感じていた矢先のある朝、新聞でこんな記事を見つけました。<br />
<br />
海から見た六甲山守れ<br />
神戸市の海側から見た六甲山の眺望を守ろうと、市は16日、神戸市街地で新築される高層建物が山の稜線を遮らないよう建築主に求める行政指導を始める方針を明らかにした。<br />
条例に基づく基準を策定し、来年6月をめどにスタートする。<br />
<br />
ポートアイランド西端の「ポーアイしおさい公園」が眺望の適地と判断。<br />
公園北側から山側を眺め、灘区、中央区、兵庫区にまだがる東西約6キロの六甲山の景観を保護することにした。<br />
稜線のうち東西の低い部分を結んだ「基準線」を設定。<br />
それより高い建物の建築計画が市に届けられた段階で、基準線より低くするよう建築主に指導する。<br />
建築済みのビルは対象外。<br />
罰則は設けない。<br />
<br />
京都市では五山の送り火の眺めを守るため、基準地点から見て大文字を遮る建築物に制限をかけている。<br />
鹿児島、東京都神奈川県横須賀市にも似た規制がある。<br />
(朝日新聞阪神版より抜粋)<br />
<br />
行政も、街から六甲山が見えにくくなっていることに憂慮しているようです。<br />
<br />
市章山の麓近くにあるビーナスブリッジから見下ろす、街と港の風景も私が覚えている十年以上前のものとはずいぶん違ってしまっているかもしれません。<br />
<br />
神戸に住むようになった当座、驚いたことがありました。<br />
この街で暮らす人はみんな山好き、というより生活の中に山が溶け込んでいるのです。<br />
それは、例えば「六甲全山縦走大会」に毎年何千人もの参加者があることにも現れています。<br />
どこかに遊びに行くにも、すぐに「布引の滝」とか「脩法が原」が候補にあがります。<br />
<br />
街の発展のためにはビル建設も必要だと思います。<br />
観光資源や住民の生活のゆとりとして、景観も守りたいものです。<br />
どちらも少しずつ譲り合って、ちょうどよい折り合いで、いつまでもきれいで活力ある街でいてくれればよいのですが…<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>くらし・環境</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-24T21:10:14+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=970171">
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    <title>海苔の佃煮</title>
    <description>9月15日の今日は三連休の最終日。
「なぎさ海道ウォーク」の第3回目です。
おととい、きのうと、朝方は雨、その後は急速に回復、という空模様でした。
今朝はどんより曇っていますが、雨は降ってはいません。
でも予報ではこれからが下り坂のようです。

今回は、大...</description>
<content:encoded><![CDATA[
9月15日の今日は三連休の最終日。<br />
「なぎさ海道ウォーク」の第3回目です。<br />
おととい、きのうと、朝方は雨、その後は急速に回復、という空模様でした。<br />
今朝はどんより曇っていますが、雨は降ってはいません。<br />
でも予報ではこれからが下り坂のようです。<br />
<br />
今回は、大阪府から和歌山県へ海岸に沿って歩きます。<br />
新今宮でGちゃんと落ち合い、久しぶりの南海電車でみさき公園駅下車。<br />
最近少なくなった私鉄経営の遊園地。<br />
その入口にある象のモニュメントに見送られて歩き出します。<br />
<br />
今日のコースは全コースの中で1番長い16キロ。<br />
しかも、アップダウンもあるようです。<br />
<br />
なだらかに広がる大阪平野の南端で、屏風のように立ちはだかる和泉山脈。<br />
その先端はそのまま紀淡海峡に落ち込み、おそらく海中にも山脈は続いていて、その高い部分が海上に頭を出しているのが友ヶ島なのだと思います。<br />
<br />
そんな、山越えのなぎさ海道を歩きはじめると左手からは徐々に山が、右手には海が迫ります。<br />
山と海とに攻められて、いよいよ猫の額のようになった平野に、魚介類を食べさせるお店が点在する、少し寂れかけた街並みが現れました。<br />
深日(ふけ)。<br />
ここは、明石海峡大橋が開通するまでは、徳島に渡るフェリー乗り場があり、四国への玄関口でした。<br />
南海多奈川線の単線の線路を、ローカル情緒漂う「深日港」の駅前で渡ります。<br />
駅の目の前が港で、乗り換えは便利だったことでしょう。<br />
<br />
「ホームが長いでしょう。<br />
徳島航路があったころには、本線から急行電車が乗り入れて来ていたんです」<br />
と、Gちゃん。<br />
長いホームのうち、改札口に近い部分だけが使われていて、そのさきは柵で立ち入り出来ないようにしてあります。<br />
柵の向こうの荒れたホームが、かつての賑わいを偲ばせます。<br />
<br />
深日を後にするといよいよ平野は尽きて、道はダラダラと登り坂です。<br />
ひとつ山を越えると、小島という漁港に出ました。<br />
「許可なく魚釣り、サザエの捕獲などを禁止します」<br />
と、いたるところに漁協の注意札が掲げられているところをみると、豊かな海なのでしょう。<br />
<br />
漁港から続く堤防づたいに歩くと、岩場でウェットスーツに水中メガネをして海中を探ったり、道具を使って岩の表面をこそげ落としたりしている女性たちの姿があります。<br />
今は見るからにのどかですが、これから作業のつらいシーズンになっていくことでしょう。<br />
<br />
「どこか遠くの漁村に来たような眺めですけど、国際線の飛行機が頻繁に関空に降りて行くから、やっぱり泉州やて思いますね」<br />
とGちゃん。<br />
波打ち際をなぞりながら集落を抜け、和歌山との県境を示す標識を過ぎると、また登り坂です。<br />
<br />
雨がぱらついてきました。山が迫り視界が狭くなります。<br />
今度は、先ほどより険しいようです。<br />
舗装もされていて、それほど急なわけでもありませんが、いつまでも登りが続きます。<br />
雨がひどくなってきました。<br />
いよいよ傘が必要だなと思い始めたころ、道は下りはじめました。<br />
下りの方が急で、行く手はヘアピンカーブを繰り返します。<br />
<br />
勾配が緩かになると、広々とした公園が見えてきました。<br />
「加太国民休暇村」の庭です。<br />
雨の中ですが、お弁当持参の人たちは、ここでランチタイムを楽しんでいます。<br />
<br />
さらに下ると、また海辺に出ました。<br />
入江の向こうに加太の集落が見えます。<br />
海岸線をたどって集落に入ると民家に挟まれた狭い道を行きます。<br />
このへんがウォークイベントの良いところです。<br />
はじめての街を歩く時は、その路地がどこかに抜けられるものか、行き止まりか、簡単には判断できません。<br />
だからどうしても車の通る道路を歩いてしまいがちです。<br />
イベントではコースに沿って歩けばよいので、間違いなくゴールに近づきながら、地元の人しか知らないような道にも踏み込ませてくれます。<br />
もちろん、街歩きには見知らぬ街でわざと迷子になるという楽しみ方もありますが…<br />
<br />
細長い加太の街を縦断して、淡嶋神社に到着。<br />
境内のゴール受付からスタンプを押してもらう列が鳥居の外までのびています。<br />
その最後尾につくと横には、門前で壷焼きや新鮮な魚を食べさせる海産物屋さんが軒を並べています。<br />
順番を待ちながら、店先に掲げられたメニューをあれこれ見比べます。<br />
何はともあれ、手続きを終えたらこのどこかで、ずいぶん遅くなってしまったお昼を食べることが、ふたりの間では暗黙に決まりました。<br />
<br />
結局、一番大きなお店に入ったのですが、注文した料理より先に<br />
「これは試食です」<br />
と言って、海苔の佃煮を出してくれました。<br />
食べてみると、海苔そのものの風味が口の中に広がります。<br />
「○○じまん」や「○○むらさき」のような、醤油の味が勝っているものとはまったくちがう味わいです。<br />
さっき歩きながら見た、磯で黙々と岩をこそげていたおばさんの姿が思い出されました。<br />
<br />
店内の貼り紙を見ると「当店特性　海苔の佃煮　300円」<br />
<br />
買って帰ることにします。<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>こんなとこ・あんな場所</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-15T20:52:30+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

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    <title>愛知川ぶらり旅</title>
    <description>ヨメがテレビを見ていて、
「近江鉄道やってるで」
と教えてくれました。
みると、吉本のミポリンこと中山美保さんと局のアナウンサーが近江鉄道を旅しています。
愛知川で途中下車して、びんてまりをつくるおばあさんを訪ねます。

「ここ、行ってみたいな」
と言...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ヨメがテレビを見ていて、<br />
「近江鉄道やってるで」<br />
と教えてくれました。<br />
みると、吉本のミポリンこと中山美保さんと局のアナウンサーが近江鉄道を旅しています。<br />
愛知川で途中下車して、びんてまりをつくるおばあさんを訪ねます。<br />
<br />
「ここ、行ってみたいな」<br />
と言うので<br />
「よし、行こう」<br />
すぐに話しは決まりました。<br />
<br />
愛知川近辺は、かつて滋賀に住んでいたころ聞いていたコミュニティFMで、あれこれ話題になることもあって、私も一度歩いてみたいと思っていたのです。<br />
ヨメが、ご近所のHさん夫妻もお誘いしたので4人でぶらりローカル電車の旅です。<br />
<br />
西宮を出発するときには、ずいぶんしっかりした雨足でしたが、それも近江八幡で乗り換える時にはすっかりあがり、青空が広がっています。<br />
天気のほうは心配いらなくなったのですが、すんでのところで予定していた電車に乗り遅れてしまいました。<br />
隣のJRのそれとはガラリと趣のちがうローカル情緒ただようホームで、濡れた傘をひろげて、30分ほど次の電車を待ちます。<br />
これも、のんびり旅の醍醐味、しかも万事塞翁が馬です。<br />
この乗り遅れがあとで今日の旅の中身を膨らませてくれることになろうとは…<br />
<br />
傘の雫が乾きかけたころ、やって来た電車は八日市行き。<br />
二両連結のワンマンカーは、まだ建って日の浅いテラスハウスやマンションの間をすり抜けて、もう刈り入れがはじまった田園地帯に出て、レールの継ぎ目の音を響かせながらゆらゆらと走ります。<br />
次の停車駅は「武佐」<br />
今から訪れる中山道愛知川宿の、ひとつ京都寄りの宿場町です。<br />
左手に八風街道(国道421号線)が近付いてくると、太郎坊宮を過ぎて八日市。<br />
ここ八日市でも電車の接続が悪く、愛知川方面に行く彦根行きの電車は向かいのホームに停車しているものの、発車までは20分もあります。<br />
<br />
南米系の若い女性2人と男性1人の3人連れが乗り込んできました。<br />
見渡すと、辛抱強く車内で発車を待つ乗客は、私たち4人を除くと11人。<br />
そのうち、みるからにラテン系と思われる人が5人。<br />
およそ半分です。<br />
<br />
工業団地が多いこのあたりは、海外から多くの労働者を受け入れていますが、この人たちがたまの休みのお出かけに利用するのは、自転車か、公共交通機関になるのですね。<br />
だから近江鉄道にすれば、彼らは大切なお客様なはずです。<br />
<br />
やっとのことで発車した電車はすぐに八日市の街並みを抜け、またも田園風景が広がります。<br />
なぜか、今の時期には付き物の彼岸花をこの沿線では見かけません。<br />
<br />
やがて、新幹線の高架橋を一旦くぐって広い河原をもつ愛知川を鉄橋で渡るともう一度新幹線の線路に寄り添って「五個荘」に着きます。<br />
私たちは次の「愛知川」で下車しますが、ここから先、高宮の手前まで近江鉄道の線路は新幹線との並走が続きます。<br />
「新幹線を建設する際、<br />
「うちの車窓から鈴鹿山系の景観が眺められなくなる」<br />
と、近江鉄道が国鉄に損害賠償を請求した区間です」<br />
とテツの豆知識を披露する私。<br />
<br />
愛知川の駅に着いた時は、もうお昼前でした。<br />
駅のコミュニティセンターで展示されているびんてまりを見ながら、これから行く資料館の話をしていると<br />
「びんてまりの館に行かれるのですか？」<br />
と、カウンターの女性が声をかけてくれ、地図を示して道順を丁寧に教えてくれました。<br />
ついでに地元の情報をあれこれ仕入れさせていただいて、歩き始めます。<br />
<br />
お昼になってしまったので、まずは食事です。<br />
かつてコミュニティFMで話題になっていた、中宿の交差点にあるという、「讃岐や」といううどんやさん。<br />
先ほどのコミュニティセンターの人に、場所を教えてもらいました。<br />
「おすすめですか？」<br />
と聞いたのですが、このようなところに勤務されている方は職業柄<br />
「このお店は美味しいです」<br />
とか<br />
「いいお店です」<br />
とかは、言ってくれません。<br />
相手の雰囲気からこちらが感じとるしかありません。<br />
<br />
結果は、<br />
「久しぶりに美味しいうどん、食べたわ」<br />
とHさんの奥さんが言ってくれたので、ひと安心。<br />
<br />
お昼がすんで、まず向かったのは酒蔵「藤居本家」です。<br />
コミュニティFMでスタジオに招かれ、インタビューを受けていたソプラノ歌手の方が、この「藤居本家」の「欅の大広間」でライブするとおっしゃっていました。<br />
<br />
そんな地域に根差した文化活動のバックアップをしている造り酒屋さん。<br />
気になって、ネットで検索してみると、予約をすれば酒蔵の見学をさせていただける、とのこと。<br />
あらかじめ電話しておきました。<br />
その時間が午後1時。<br />
電車の乗り継ぎでもたついてしまったので、お目当ての「びんてまりの館」は後回しにして、まずこちらに行くことに予定変更します。<br />
<br />
お店につくと、あたたかく迎えてくださいました。<br />
案内人の方(ひょっとしたら蔵主さん？)に<br />
「どちらからですか？」と聞かれたので<br />
「西宮です」<br />
と答えると<br />
「本場じゃないですか！<br />
それなら、酒造りはよくご存知でしょう」<br />
と言われてしまいました。<br />
いえいえそんなことはありません。<br />
さすがに地場産業なので、一般の人より知識を聞きかじる機会が多少多いとは思いますが、だからこそ逆に、いまだにほとんど機械に頼らずにお酒を造り続けているこんな酒蔵にはなおさら興味があります。<br />
<br />
天保2年に創業したという「藤居本家」さん。<br />
元々、造り酒屋というのは各地域にそれぞれあって、その土地で飲まれるだけの量を、神事のあるごとに神に奉納し、そのお下がりを人々が戴いていたものなのだそうです。<br />
その後、愛知川などの宿場町には、旅籠屋さんに泊まるお客様に出すため宿場ごとに造り酒屋ができたようです。<br />
<br />
そんな中で、西宮を含む灘五郷というのは、江戸での大量の酒需要を満たす集積場所として発展してきた、酒の生産地としては特異な地域なのだそうです。<br />
京都の伏見などは、さらに時代が下がり、鉄道が敷設されたことにより、その地の利から急速に発展したところだそうです。<br />
伏見は古くから有名な酒処と思っていただけに、これは意外でした。<br />
<br />
今日は朝方の雨が上がってから、天気は急速に回復し、それに伴って日差しもきつくなり、夏に舞い戻ったかの暑さです。<br />
しかし、案内していただいた酒蔵に一歩足を踏み入れると、薄暗い内部は冷気に満たされています。<br />
<br />
このおごそかな空間は、かつてNHKの朝の連続ドラマ「甘辛しゃん」の酒蔵シーンのロケに使われたそうです。<br />
「ドラマの舞台となった灘とは酒蔵の造りも違うので、一度はお断りしたのですが…」<br />
とのこと。<br />
<br />
酒米を蒸す大きな釜が据えられています。<br />
酒造りの時期には活気に溢れているであろうこの空間、今はどことなく侵しがたいおごそかな威厳を感じます。<br />
<br />
かつては、酒を生成する工程のほとんどが、杜氏さんの勘に頼る部分だったのですが、少しずつ科学的な解明がなされてきて、酒の品質に関するリスクが少なくなってきたのだそうです。<br />
かつて、蔵主は杜氏さんに全権を任せ、杜氏さんは信頼と責任を負って仕込みを行ったのだそうですが、万一麹以外の、酒造りに有害な菌の繁殖を許し、腐らせてしまった場合、自らの命を断つこともまれではなかったそうです。<br />
蔵主さんは、掛け金でお米を仕入れ、年を越してお酒という商品にして、それを売って返済するわけですから、文字通り命をかけた商いだったというのです。<br />
今のように誰でも白いお米がたべられるわけではなかった時代です。<br />
金勘定だけでなく、大切なお米を預かって、それを無駄にしてしまったことに対する謝罪というか、飽食になれた私たちには想像しがたい価値判断もあったのでしょう。<br />
そんな先人たちの歴史の上に造られ続けてきた日本酒。<br />
<br />
これは以前、灘の酒蔵で聞いた話ですが、現在では解明されている化学反応をなぞっていけば、機械を駆使して、純粋に工業製品として日本酒を造ることはできるそうです。<br />
現実に今売られている安価なパック酒には、ほぼそんな形で生成されたものもあるようです。<br />
ただ酔いたいだけならそんなお酒を選択するのもよいでしょう。<br />
でもお酒を嗜好品としてとらえるなら…<br />
お酒に何を求めるのか、考えさせてもくれた酒蔵見学でした。<br />
<br />
案内が終わって、最後にこんなふうにおっしゃいました。<br />
「お酒で身体をこわした、とか、羽目をはずして怪我をしたとかいう話を聞きます。<br />
それは、お酒が悪いのではないのです。<br />
飲み方が悪いのです」<br />
<br />
<br />
興味がつきない「藤居本家」を後に、いよいよ「びんてまりの館」に向かいます。<br />
コミュニティセンターでもらった地図をたどって、図書館と併設された館に着くと、作品が陳列されている展示室の奥の座敷に、たくさんの人が集まっています。<br />
のぞいてみると、細長い座敷机を車座に並べて20人ほどの女性がびんてまりを製作しています。<br />
さらに机の内側に入って、その作業を見守っている女性が5、6人。<br />
<br />
作業をしておられる方は、年輩の方から就学前と思われる子供さんを連れられた方までさまざまです。<br />
座敷の入口にいた、館の職員の方に聞くと、二週間に一度、土曜日に開かれていれる、「びんてまり保存会」の集会なのだそうです。<br />
机の内側から作業を見守っている女性が先生だそうです。<br />
「見せていただいてもいいですか？」<br />
と言うと<br />
「どうぞ」<br />
<br />
これは、ラッキーです。<br />
近江八幡で電車に乗り遅れず、午前中にここに来ていたら多分見ることは出来なかったと思います。<br />
<br />
この職員さんにもいろいろなことを教えていただきました。<br />
まず、作り方ですが、細いさらしをまりの形に丸めます。<br />
その一端を少し引き出した状態で、その回りをミシン糸でぐるぐる巻きにしていきます。<br />
巻いた糸に金糸で図柄の下絵を作って、刺繍を施していきます。<br />
刺繍が完成したら、少しだけ出しておいたさらしの端が中に入るように筒を差し込み、さらしの端を引いてまりの中のさらしを全部抜き取ってしまいます。中身がなくなって皮だけになったまりを細くしてびんの口からいれます。<br />
そして、びんの口から突き出している筒からまりの中に綿を詰め込み、まりが丸く戻ったら筒を抜き取って出来上がり。<br />
筒が入っていた部分は、刺繍が編み込まれているので、うまくならしてしまえば穴は残りません。<br />
<br />
Hさんの奥さんは、Hさんに嫁ぐ前、広島(岡山との県境)の実家でこれに近いものを見たというのです。<br />
それを職員さんに尋ねてみると、<br />
「岡山にもあるという話もよく聞きます。<br />
そのルーツは東京の大妻技芸学校が作り方を教え、この教本は現存しているそうです。<br />
そこでこの技術を習得した子女が、全国に嫁いだ先でそれを広め、各地に広まったものらしいのです。<br />
元々は鎖国時代の長崎で作られたのではないか、と言われています。<br />
出島の西洋人が飲み終えて海などに捨てた美しい洋酒のボトルを日本人が珍しがって拾ってきて、床の間の飾り物にしていたようです。<br />
そして、さらにその中に美しく刺繍を施したてまりを入れることで、独自の芸術品をつくりあげたのではないかと言われています。<br />
愛知川には、長崎に出入りしていた近江商人がそれを持ち帰ったのではないか、との説があります」<br />
<br />
ともあれ、愛知川に伝わったびん細工の最後の継承者、青木ひろさんが昭和48年に亡くなった際、地元の惜しむ声で保存会が結成されたそうで、辛くもその技術が守られたことは喜ばしいことだと思いました。<br />
<br />
のんびり気分で訪れた愛知川で、暖かい人たちに出会い、感動的なお話を聞くことができました。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>こんなとこ・あんな場所</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-14T23:14:21+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=963576">
    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=963576</link>
    <title>久しぶりにプロ野球観戦</title>
    <description>イチロー選手が大リーグに移籍して以来、プロ野球を見に行く回数がめっきり減りました。
なんとなく、興味がわかなかったのです。

でも、久しぶりに今日は行ってみたくなりました。

「オリックスバファローズ」は、シーズン半ばに辞任したコリンズさんのあとを、大...</description>
<content:encoded><![CDATA[
イチロー選手が大リーグに移籍して以来、プロ野球を見に行く回数がめっきり減りました。<br />
なんとなく、興味がわかなかったのです。<br />
<br />
でも、久しぶりに今日は行ってみたくなりました。<br />
<br />
「オリックスバファローズ」は、シーズン半ばに辞任したコリンズさんのあとを、大石監督が采配を篩っています。<br />
そしてこのところ、それまでの低迷が嘘のような連戦連勝でついに現在(9月6日)2位につけています。<br />
<br />
新庄選手が引退宣言をしたときの日本ハムファイターズのように、清原選手が引退を決意して、上向いていた調子にさらに拍車がかかったかにみえます。<br />
これでは、球場に出向いて応援しないわけにはいきません。<br />
<br />
<br />
10月1日の最終戦の前売り券がはやばやと完売している割には、京セラドームでの「オリックスVS西武」は私が予想していたほどの入りではありませんでした。<br />
それでも1塁側は上層階までたくさんの観客で埋まっています。<br />
<br />
ところが試合が始まってみると、これまでの快進撃はどこへやら…<br />
惨憺たる結果です。<br />
9回にカブレラ選手のソロホームランで一矢報いたものの、スコアは1対7、ほとんど見るべきところがありません。<br />
私の場合、りきんで観戦に行った時の贔屓チームの成績が、どうもかんばしくありません。<br />
誰かに<br />
「お前が観に行くから負けるんや」<br />
と、言われそうです。<br />
<br />
<br />
でも、9回1アウトからこの日も出ました!!<br />
清原選手。<br />
ネクストバッターサークルに背番号5が見えると、<br />
「いこ、いこっ！」<br />
と、あちらこちらのお客さんが少しでも彼の勇姿を近くで見ようと、前の通路にゾロゾロ移動していきます。<br />
<br />
<br />
もう20年も前になるでしょうか？<br />
広岡監督率いるレオ軍団は、若き日の清原、秋山、工藤、渡辺などのスタープレイヤーを擁して人気、実力を兼ね備え、野球はセントラルリーグだけではないことを世間にアピールしていました。<br />
休日のデーゲーム、今はなき西宮スタジアムに迎え撃つ我らが「阪急ブレーブス」は、「ファン応援デー」と銘うって、試合開始前のサイン会や、グッズプレゼントなども企画し、私たち後援会にも動員がかかりますが、球場に向かう道中から結果は明らか…<br />
並んで歩く家族連れの子供たちの帽子やフラッグ、メガホンは青、青、青…<br />
球場に着くと、バックスクリーンから右側にまでライオンズファンが溢れてきています。<br />
試合が始まれば、観客の歓声だけでなく、内容でも圧倒されて、塁を賑わすのはブルーのユニフォームばかり…<br />
<br />
そんなライオンズ全盛時代の立役者、清原和博選手が、今日はその西武ライオンズを敵に回して、打席に立っています。<br />
彼、このあと何回打席に立つことがあるのでしょうか…<br />
<br />
3球目を内野ゴロ。<br />
ファーストベースに走りこむまでもなくアウト。<br />
それでも割れんばかりの拍手を送るファンに見守られてベンチに戻っていきました。<br />
<br />
またひとつ、時代が変わろうとしています。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>スポーツあれこれ</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-10T20:38:26+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=957749">
    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=957749</link>
    <title>マイ箸　その後のその後のその後</title>
    <description>近所のイタリア料理店で、長女の誕生会をしました。
最近、家族の誕生日ごと、数ヶ月おきに外食をしています。
ムスメたちも社会人になりそれぞれの生活パターンがあるので、よほどの偶然が重ならないと、みんなが家でそろって食事をする事はありません。
だから、誕生...</description>
<content:encoded><![CDATA[
近所のイタリア料理店で、長女の誕生会をしました。<br />
最近、家族の誕生日ごと、数ヶ月おきに外食をしています。<br />
ムスメたちも社会人になりそれぞれの生活パターンがあるので、よほどの偶然が重ならないと、みんなが家でそろって食事をする事はありません。<br />
だから、誕生会はたまにみんなの顔がそろう団らんなのです。<br />
<br />
「行くで！」<br />
と言われて、あわててデイバックを背負って家を出ます。<br />
「何せたろうてきてるン？」<br />
「うん、マイ箸と傘」<br />
今日もマイ箸は忘れずに持ちました。<br />
<br />
予約していたテーブルには、ナイフ、フォークとスプーン、そして割り箸が人数分セットされています。<br />
私の席に置かれていた割り箸は、料理を持ってきてくれた店員さんに、あらかじめ返しました。<br />
<br />
食事が進んで、デザートを注文。<br />
店員さんは、もう必要なくなったナイフ、フォークやスプーンをさげてくれるとき<br />
「そのお箸、洗いましょうか？」<br />
と言ってくれました。<br />
これはありがたい気配りです。<br />
マイ箸を使うのはいいのですが、そのあと汚れたお箸を洗えたら…<br />
とは思っていました。<br />
こんな配慮をしてくれるお店がふえたら、マイ箸持参ももっと浸透していくのかな、と思います。<br />
<br />
<br />
<br />
ところで、マイ箸も含めて、昨今のエコブーム…<br />
朝日新聞が8月31日の「オピニオン」の紙面で取り上げていました。<br />
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NPO法人環境文明21共同代表 加藤三郎氏<br />
コラムニスト 中野翠氏<br />
東京大 名誉教授 養老孟司氏<br />
の3人が寄稿しておられます。<br />
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中野さんは<br />
「目の敵になっているレジ袋一つとっても「石油の廃品利用なので逆にエコ」という説もある」<br />
とし、<br />
「「エコライフ」派の決まり文句になっている「小さなことの積み重ねが世界を変えてゆく」にも疑問がわく。<br />
「小さなこと」に自足して、「大きなこと」を見逃すということもあるのではないか？」<br />
「実効性に疑いの余地のないエコを実現しようとするなら、(中略)「豊かさ」や「便利さ」を犠牲にするしかない。<br />
それには相当の覚悟がいるだろう。<br />
はたして私たちにそこまでの覚悟はあるか」<br />
と結んでいます。<br />
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たしかに…<br />
「日本人全員が、待機電源を切ったら原発を3基廃止できる」<br />
なんて、したり顔で言う人がいます。<br />
この人、ご自分のお宅で実行されているのでしょうか？<br />
今、家庭にある待機電源を全部切ったとしたら、どんなにか不便でしょう。<br />
とりあえず、ビデオの留守録はできません。<br />
テレビのリモコン電源ボタンを押してもつきません。<br />
「昔はなかったんやから…」<br />
と、あきらめられる人がいたとしたら、尊敬します。<br />
でも、それを乗り越えて実行したら、マイ箸なんかよりは格段に実効性が高いはずです。<br />
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だから、どこまでエコロジーに貢献しているのかどうか、心もとない「マイ箸」持ち歩きを、他のすぐにでもやれる(でも、便利さに慣れてしまっているので実行していない)取り組みに対する「免罪符」にだけはしてはいけない、と心に決めます。<br />
もちろん、縁あってはじめたマイ箸持参ですから、できるだけ続けたいとは思います。<br />
<br />
養老さんは、<br />
「国民が精神運動に突き進んで自己規制するような社会は、(中略)何とも息苦しい。<br />
官僚や政治家が今やるべきことは、国民への説教という楽な道を選ぶことではなく、国際交渉の場で堂々と生産調整を主張するといった、本気の対策に乗り出すことだ」<br />
と書いています。<br />
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たしかに、前にも書いたように、割り箸は資源の有効利用という面もあるのです。<br />
その材料を、どのように調達するか、が問題なのです。<br />
<br />
日本の政治家は、自国の所有物とはいえ、かぎりある資源を無計画に採取し、地球の環境を破壊している国に、もっと毅然として苦言を呈してもらいたいものです。<br />
ただし、そんなことをすれば、その国から安い資源を調達できなくなり、昨今の諸物価高騰の火に油を注ぐことになるとわかった上で…<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>くらし・環境</dc:subject>
    <dc:date>2008-09-03T20:09:54+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://fukusan.sumippi.com/?eid=951746">
    <link>http://fukusan.sumippi.com/?eid=951746</link>
    <title>和宮様と中山道</title>
    <description>NHKの大河ドラマ「篤姫」
いよいよ、堀北真希ちゃん演じる皇女和宮様が徳川家におこし入れしてきました。

番組の中でも紹介されましたが、和宮様の行列は、中山道を下ったのですね。
どこかの女子アナが旧中山道を
「いちにちじゅうやまみち」
と読んだのは笑い話...</description>
<content:encoded><![CDATA[
NHKの大河ドラマ「篤姫」<br />
いよいよ、堀北真希ちゃん演じる皇女和宮様が徳川家におこし入れしてきました。<br />
<br />
番組の中でも紹介されましたが、和宮様の行列は、中山道を下ったのですね。<br />
どこかの女子アナが旧中山道を<br />
「いちにちじゅうやまみち」<br />
と読んだのは笑い話にしても、その名のとおり中山道は山道、東海道は平坦道、みたいなイメージは、私も持っていました。<br />
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ところが、当時は東海道のほうが、鈴鹿や箱根の峠越え、大井川をはじめとする渡しなど、難所が多かったのだそうです。<br />
対して中山道は、距離こそ長いものの、「姫街道」ともよばれ、意外にアップダウンは少ないルートだったようです。<br />
また、東海道は京都から江戸まで、お馴染みの53次ですが、中山道は草津の追分から江戸まで69次もあって、宿場の数も多いのです。<br />
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滋賀に住んでいたころ、休日に高宮から愛知川まで旧中山道を歩いたことがあります。<br />
多賀大社の参道と交わる一の鳥居を過ぎてしばらく歩くと、右手に資料館がありました。中におられた職員のおじさんと、ガラス越しに目が合い、招き寄せられるように入館すると、とても丁寧にその頃の時代背景を説明してくださいました。<br />
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中山道に関する資料がいろいろ展示されていましたが、一番目を引いたのが犬上川にかかる「無賃橋」の復元模型です。<br />
そのころ、街道が川を横切る際、橋がないのは珍しいことではなかったそうです。<br />
渡るには、舟にのれば当然のこと、人足に肩車をしてもらってもなにがしかの賃料を払わなければなりません。<br />
橋があっても、多くの場合は有料だったそうです。<br />
ところが、犬上川(愛知川も同様だったようですが…)を渡る中山道には、地元の有力者がお金を出しあって橋が掛けられ、誰でも無料で通行できたのだそうです。<br />
今でも「無賃橋」と呼ばれる由来です。<br />
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当初の橋は簡易的なもので、豪雨にあうとすぐに流されてしまうような代物だったそうです。<br />
和宮様のおこし入れに際し中山道は全面的に整備され、この時犬上川の無賃橋も、資料館に展示されているような立派なものに掛け変えられました。<br />
これら沿道の大規模な工事には多くの人々が動員されました。<br />
このころは、黒船の来航などもあり、人々の生活は不安定だったようで、そんなおりの道普請は失対事業の側面も持っていたようです。<br />
大規模な改修工事で沿道の住民を潤わせる手法は、現在の道路行政にも通じるといえるでしょうか？<br />
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別の機会に、街道をもう少し下った柏原の宿も歩いたことがありますが、こちらの資料館には、宮様が宿泊された時に出された料理の献立を記した古文書が、資料展示されていました。<br />
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中山道を訪ねると、和宮様のおこし入れが当時の一大イベントだった痕跡が随所に残っています。<br />
大河ドラマを見ながら、中山道を歩いた時の記憶を懐かしく思いだしてしまいました。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>こんなとこ・あんな場所</dc:subject>
    <dc:date>2008-08-27T20:56:40+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ふくさん</dc:creator>
    <dc:rights>ふくさん</dc:rights>
  </item>

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